シリーズAの前にM&Aイグジットを検討しておく理由

I. はじめに

スタートアップのM&Aがイグジットが増えてきた。

国を上げた起業ブームで起業家の絶対数が増え、リスクマネーの総量の増加により日本のスタートアップの裾野はこの10年で拡がった。

一方で、イグジットとしてのIPO件数はここ5年でほぼ横ばい。全く増えていない。

上場承認をする東証上場審査部のリソースを考えても100件程度が現実的なラインだし、証券会社や監査法人といったIPOに関与するプレイヤーも人不足で案件を受けられないという事態に陥っている。

兎にも角にも、入り口の企業数や資金調達をしたスタートアップの数は増えているものの、出口のIPO件数は構造的に増えない。

では、IPOという出口が封鎖されている以上、次に出口として見えてくるのはM&Aだ。

これが構造的にM&Aが増えている要因だろう。
そこで以下ではこれまであまり注目されてこなかったM&Aイグジットに関する様々な論点について取りまとめようと思う。

今回は「なぜシリーズAの前にM&Aイグジットを検討しなければならないか?」という点を深堀りしてみたい。

II. 不可逆的な意思決定

「なぜシリーズAの前にM&Aイグジットを検討しなければならないか?」という問いに対する答えは、「シリーズAのファイナンスは不可逆的だから」になる。

スタートアップの世界では、スピードが求められる。スピードこそ最大の強みであり、スピードこそスタートアップの生命線だ。

高速で意思決定を行い、手を動かす。違うと思えば、すぐ軌道修正し、高速で仮説の検証をすることが求められる。

意思決定には2つに分類される。

  • 後から変更対応可能な可逆的な意思決定

  • 後からどうにもならない不可逆的な意思決定

前者の可逆的な意思決定は後からいくらでも修正可能なのでスピード重視で構わない。一方で、後者の不可逆的な意思決定は後から取返しがつかないため、スピード重視であったとしても論点をすべてテーブルに乗せて、メリデメをしっかり整理し、慎重に意思決定するべきだ。

兎角ファイナンスは後戻りできないと言われるが、シリーズAはその中でも特に不可逆性が強く、一旦実行するとIPO以外の選択肢が閉ざされてしまうと言っても過言ではない。その理由を以下で説明する。

III. 理由(1) 優先株

シリーズAファイナンスとは初めて優先株を発行するエクイティファイナンスを指す。
優先株とは誰が優先的な取り扱いを受けるのか?新規に入ってくる株主だ。

端的に言うと、M&Aで会社を売却した際のキャピタルゲインの配分が優先株の株主に多く割り当てられ、既存の株主、つまり、創業者の割り当てが少なくなる。

本来はキャピタルゲインは株式の持株比率(プロラタ)で各株主に分けられるはずだが、優先株の実態はこうだ。

  1. キャピタルゲインの中からまず優先株の株主に投資してくれた金額をお返しする

  2. 残ったゲインを優先株の株主と普通株の株主にプロラタで配分する

つまり、普通株の株主である起業家がリターンを得られるのは、優先株の株主が先に取り分を確保した後。仮に優先株の株主の取り分を確保したとて、、その余りを優先株の株主と均等に分配するという契約のため、「せっかく会社を売却したのに、スズメの涙しか残らなかった」ということになりかねない。

よって、M&Aの選択を取りたくても取れなくなる。

IV. 理由(2) 買い手が減る

シリーズAを実施するとMAの買い手候補が一気に減る。

なぜか?
シリーズAで優先株を発行することで株価が一気にあがるからだ。

なぜ株価が上がる?
投資家に有利な条件を提示するのから。

結果、MAの買い手候補が一気に減るというロジックだ。
買い手が少ないマーケット=需要の少ないマーケットだから、厳しい交渉が予想される。

V. 理由(3) 慎重な意思決定

バリュエーションが上がると、買収側もサクッと買う意思決定ができなくなる。高い買い物することになるのだから失敗できない気持ちが強くなってくるのは当然だ。

バリュエーションが20億を超えてくると、デューデリジェンスのメッシュも細かくなるし、買収後ののれんの減損リスクなどを踏まえると買収に慎重にならざるを得ない。

結果、買い手候補に巡り会えたとしてもディールがブレイクする可能性は上がる。

VI. さいごに

これだけは覚えておこう。

優先株とは投資家がMAをした際に最低でも投資額だけは回収できるような保険のようなものだ。そして、この優先株が解除されるのはIPO直前だ。

これは「MAに逃げるなよ」というメッセージに受け取れなくもない。もちろんそのようなことを思っている投資家はいないと思うが、スタートアップに掛けている制約が解かれるのはIPO時だと思ってもらって間違いない。

それを承知でシリーズAに向かうのは決して悪い選択ではないと思っている。

個人的に伝えたかったのは、そんなことすら知らずにシリーズAをやっちゃって、あとから後悔しないようにしてほしいということだ。

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