アーンアウト条項に関する税務上の取扱い

I. はじめに

スタートアップのM&Aがイグジットが増えてきた。
国を上げた起業ブームで起業家の絶対数が増え、リスクマネーの総量の増加により日本のスタートアップの裾野はこの10年で拡がった。

一方で、イグジットとしてのIPO件数はここ5年でほぼ横ばい。全く増えていない。

上場承認をする東証上場審査部のリソースを考えても100件程度が現実的なラインだし、証券会社や監査法人といったIPOに関与するプレイヤーも人不足で案件を受けられないという事態に陥っている。

兎にも角にも、入り口の企業数や資金調達をしたスタートアップの数は増えているものの、出口のIPO件数は構造的に増えない。

では、IPOという出口が封鎖されている以上、次に出口として見えてくるのはM&Aだ。

これが構造的にM&Aが増えている要因だろう。

そこで以下ではこれまであまり注目されてこなかったMAイグジットに関する様々な論点について取りまとめようと思う。今回はアーンアウト条項に関する税務についてだ。

II. アーンアウト条項

M&Aの際に買い手が売り手につける条件としてアーンアウト条項というのがある。

アーンアウト条項とは買収成立後の業績次第により買収対価を後から調整することだ。

基本的には、買収後数年間に目標が達成できれば、追加で買い手から売り手にお金をお支払いする契約である。

端的には不確実性が高いM&Aというプロジェクトを買い手と売り手が一緒に実行していく中で、まずは買収時に手付金をお支払いし、残りについては出世払い(出世しなければ払わない)という契約だ。

アーンアウト条項の善し悪しはあるものの、日本でもM&Aの際の買収対価を決定する方法として一般的になりつつある。

III. アーンアウト条項の税務

ここで問題となるのは税務上の取扱いだ。M&Aの売り手と買い手に分けて(特に売り手について)細かく見てみよう。

ここでは売り手とは買収される会社の株主であり、買い手は買収する企業を指す。

そして、多くの場合、売り手とはスタートアップ創業株主である起業家のことを指す。

a. 売り手

会社を売る側。買われる側だ。つまり、売り手とは買われる会社の株主になる。

持っている会社の株式を買い手企業に売却する。買収成立時に株主にキャピタルゲイン課税、つまり譲渡所得課税が生じることになる。ここまで論点はない。

ところで、例えば、買収成立後売り手企業が3年間で目標を達成したとしよう。その際にアーンアウト条項に基づき、買収成立3年後に買い手から売り手に追加的にお金が払われる。

ここで「アーンアウト条項により売り手である株主が受け取ったお金は所得税法上のどの所得に該当するのだろうか?」という問いが浮かんでくる。

株式の売却自体は既に3年前に済んでおり、株式は譲渡されている。その3年後に目標を達成した暁に振り込まれてきたお金の性質をどのように税務上解せばよいのだろうか?

アーンアウト条項の性質に応じて2つある。譲渡所得か、雑所得か、そのいずれかに分類される。

i)譲渡所得とする考え

買収成立時の株式の売却と、その後の事業へのコミットまでもが密接不可分で一体の取引と評価できる場合、買収成立3年後のお金の支払は株式売却の後払いの性質を有している整理できる。

ポイントは「株式譲渡の代金の後払い的な性質と言える株式の譲渡契約になっているかどうか?」だ。

「例外的なことが起きない限り払うことが前提」となっている契約だと譲渡対価の後払いとして認定しやすい。

他方で、「売上が●●円達成したら」「EBITDA成長率が●●%達成したら」など買収時点において将来の不確実な事象をトリガーにし、「それが達成されたら払う」、「未達成だと払わない」という契約の建付であれば、譲渡対価の後払いとは認定されないと考えられる。

ii)雑所得とする考え

譲渡所得となる場合とは対照的に買収は株式の譲渡として取引され、その後の事業への貢献は労働の対価性もあり、これらは全く別の取引と評価される場合、買収成立3年後のお金の支払は譲渡し所得ではなく、雑所得に該当すると考えられる。

「営業利益が●●円達成したら」「ROEが●●%達成したら」など一定のマイルストーンを達成した場合に限り支払う場合、それは株式の譲渡対価の支払とはいえず、その後の事業へのコミットとその達成に向けて貢献(=労働)に対する支払であるからだ。

譲渡所得と雑所得の差

譲渡は分離課税で約税率20%。
雑所得は総合課税で累進課税の適用を受けるため税率は最高で55%。

譲渡所得の方がタックスメリットはあるが、譲渡所得の分類するためにはアーンアウト条項の設計を工夫する必要があるだろう。

b. 買い手

株式の取得の対価に含まれる。つまり、アーンアウト条項にヒットし、追加的に売り手にお支払いした場合、費用処理し損金計上することはできない。

IV. 補足(買い手の連結決算上の会計処理)

アーンアウト条項に関する調整金の買い手の連結決算上の会計処理としては、単体の帳簿上株式の取得原価に含められていることから、連結決算上はのれんに加算することになる。

結果、買い手はのれんの減損リスクが高まることになる。

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