質的研究のためのリサーチ・アプリ活用法 Obsidianの思考 Ⅰ-2 PKM/PKGの歴史的推移とObsidian [後編]
つなげるということ
前編では,俯瞰的に,社会的なレベルでのPKMの歴史的発展と意味をたどってきました。
後編では,情報工学的なレベル(技術的レベル)から,Obsidian などのPKMアプリが近年,どのような潮流の中で増加し,また,PKGへと進化を遂げつつあるのかを考えてみたいと思います。
さて,前半のnoteでは,PKMにとって関係性が重要であると述べました。
そして,この関係性こそは,前編の事例で示したようにObsidianにとって要になる機能です。
このことは,2023年に出版された次の代表的なObsidianの解説書にも示されています。
(1)Pouhon『Obsidianでつなげる情報管理術【完成版】』(2023.09)
(2)増井敏克『Obsidianで“育てる”最強ノート術 —— あらゆる情報をつなげて整理しよう』(2023.10)
図らずも,この両者の題名には,「つなげる」という語が入っており,共にノートをリンクによって接続させるところに,Obsidian というアプリの特性を見出しているわけです。
そして,この機能を端的に表現しているのが,この連載の見出し画像にも使っているグラフです。
そこで,まず,PKMはしだいにPKGに進化していくという,前編で最後に示した論点を,グラフとは何か,どのような種類があって,何を表現できるのかを説明することで明らかにしていきたいと思います。
PKMの進化はグラフの進化
ここで言うグラフは,もともとは数学で生まれたグラフ理論をもとにしたもので,基本的には,ノード(結節点)とエッジ(ノード間の関係を示す線)の2つのコンポーネントから構成されています。
その利点は,グラフによって,二つ以上のデータ/情報の相対的関係を表示することができることです。
つぎに,KG(Knowledge Graph・ナレッジグラフ)は,グラフ構造によってさまざまな知識の関係(ネットワーク)を表したものです。
KGの場合には、ノード、エッジ、ラベル(ノード間の関係を示す属性)の3つの主要コンポーネントで構成されます。
これを踏まえて,グラフの基本を確認しておきたいと思います。
図1は,グラフがどのように関係性としての意味を持って行くかを示した図です。
図1は,1-1から1-4へとグラフの要素が増えることで,情報の関係性が,しだいに明示されていくことを示したものです。
(本当は,情報はまわりにたくさんあると考えて下さい)。
(1) 図1-1(リンクなしグラフ)では,ある情報(ノード)と,他の情報との間に関係性が指定されていなくて,空間上に散在した状態(トランプをテーブルにざっと広げた状態)です。
(2) 次に,図1-2(無向グラフ)では,両者の間に線(エッジ)が引かれて関係を持っていることが明示的になる。
(3) それが,図1-3(有向グラフ)では,左から右へ向かっていくことが矢印によって示される。
(4) そして,図1-4(セマンティックグラフ)で,エッジに娘という単語(ラベル)が書かれることで,両者の関係が親と娘であるという意味的な(セマンティック)状態が初めて明示される。
ということは,(1)から(4)へのグラフの変化は,2つの情報の関係が,暗黙の知識から,明示的な知識へと変化していくことを表しているのではないか?
(1)' 図1-1 たとえば,ある資料や文献から,重要だと思う部分をどんどん抜き書きをして,藤原不比等と光明子というノート/カードを作った。
だが,それぞれのノート/カードは,まだバラバラの状態で,分類も関連付けもされていない。
ただし,藤原不比等と光明子が親子であるという歴史上の事実は,暗黙のうちに(グラフに明示されないが)存在している。
あるいは,作成者が2つのノート/カードを見比べてみて,ここには関係が存在しているということに気づいた。だが,グラフには明示されてはいない。
ということは,両者には暗黙の関係が存在している。
(2)’ 図1-2 ところが,作成者が,両者の関係をリンクで結びつけたことによって,周辺のノート/カードとは異なる関係が明示された。
ただし,関係があるとはわかるが,どのような関係かは分かっていない。
(3)’ 図1-3 そして,不比等と光明子は血縁関係上親子であることを矢印の向きによって示す。しかし,どのような親子であるかは不明である。
(4)’ 図1-4 不比等が親で光明子が娘であることが,初めてここで明示的に示される。
ということは,グラフで示す内容が増やされることによって,関係性が具体化し限定されていくわけです。
次に,この考察を著名なカード法に当てはめて見てみましょう。
A.梅棹忠夫『知的生産の技術』の場合
梅棹忠夫『知的生産の技術』(1969)は,現在も読み継がれている名著で皆さんもよく御存知の通りです。
わたしも,学生時代に読んで,そのカード法で文献や資料の整理を行いました(京大式(型)カードと呼ばれ,大学生協で購入できる)。
文書館や地方の旧家に調査に行ったときには,自前で印刷所に特注して作った原稿マス入りのカードに記録をしました。
それらのカードは,同じく大学生協で購入できるカードフォルダに取りあえず一括して入れて,後で原稿を書く時に,抽出して違うフォルダに入ることになります。
このようなカード法は,過去何百年と研究者が,いずれも自分なりの方法でやってきたもので,現在も実行されていると思います。
また,この技法は,フィールド・ノート(野帳)の付け方や整理方法とともに,研究室内で教員や先輩から伝えられてきた,いわば職人技で,分野や研究室などでそれぞれの流儀もある(図書カードに記入したり・・)。
梅棹氏はその技法を日本ではじめて著作にまとめて公開したわけです。
このカードは,最初は(1)の状態であるが,必要に応じて抽出をしたり,論文のために小カード(紙片)にしたアイデアや資料を並び替えて,関連するカードを論理の順番にホッチキスでとめてつなげる(こざね法)。
さて,このカードは,上のグラフでいうとどれだろうか?
すると,普段は(1),そして原稿を書く際に(2),ただし暗黙のうちにある。
カード間の関係(関連)は,あくまで梅棹氏の頭の中にあり,明示化されていないので,暗黙の下に置かれている。
梅棹氏が自分で関連が分かっていれば,あえて図示化で関連を示す必要もなかったわけです。
B.川喜田二郎のKJ法の場合
梅棹氏の盟友川喜田二郎氏のKJ法も著名で,これも学生時代参照しました。
KJ法は,梅棹氏より進んで,カードの二次元の空間配置による分類法を精緻化しました。
個人的には,その図示化の技法から大きな影響を受けて,現在に至っています。
KJ法は,カードをジャンルごとに括ってクラスタ(氏はリング・輪取りと呼んでいる)を作り包括関係を示し,概念間の因果関係も示します(A型)。図2
そして,文章化のために改めて因果関係の序列を付けて,並び替えて図示するわけです(B型)。
このKJ法は,上のグラフの段階で言うと,(1)~(3),一部が(4)になるだろう。
中心は(3)で,上の図では,一番下真ん中の(18)・(12)のみがエッジで結ばれていない(1)であり,他のすべては矢印で方向を持つ有向グラフなので(3)となる。
そして,因果関係を示す場合に,矢印が用いられ(3),まれに矢印に関連事項としてエッジがつく場合がある(4)。
【追記】
だが,考えているうちに,川喜田二郎氏の図をグラフで考えるのは間違いなのではないか?
いや,正確に言えば,グラフで捉える事には限界があるのではないかと思うようになった。
上に書いたように,「グラフで示す内容が増やされることによって,関係性が具体化し限定されていく」=制限を受けていくわけです。
しかし,川喜田氏の図は,矢印の指向性が因果関係であることに限界が有るとしても,グラフで示される関係以上に,多重(多層)な関係が丸囲いやカッコで表現されている。
こういう図はコンセプト・マップ(概念図)と呼ばれますが,そのような観点を含めて考えるべきだろう。と思うようになりました。
これは,カード法の議論に持ち越しますが,Obsidianでは、Excalidrawでコンセプト・マップを描けるので,豊かな発想ができる。
つまり,ObsidianのPKMが持つ機能の優位性が,かえって浮かび上がってくる事になりました。
まとめ
この分析によって,梅棹氏の場合には暗黙の知識,川喜田氏の場合には,明示的知識へと進化し,特に,因果関係を示す場合に,意味的な明示的知識も表されていると考えられます。
グラフ表現は,知識を自分の身体から切り離して,いったん外部化する重要な手段です。
それによって,自分の知識が対象化され,客観視できます。
ですから,川喜田氏の場合の方が,知識の外部化が進んでいると言えるでしょう(両者の知識の優劣の問題ではない)。
そして,デジタル情報社会の進展の下で,個人の扱う情報量が増加し,情報処理の必要性が増し,データ/情報の外部化が進む結果,データ/情報の関係性が脳内の暗黙知から明示的知識へと,表現方法も含めて進化していく。
個人の知識は外部化されることによって顕在化する。
そして,人間と外部知識とのインタラクション(相互作用)が進んで,新たな知が創造される基盤となる。
それがPKMアプリを生み出し,増大させ,PKGへと進化させると考えられるわけです。
これを踏まえて,Obsidian で現在,どこまでグラフを用いてPKGとしての表現ができるかを示したグラフが図3・図4です。
図3は,藤原不比等の略系図をグラフ化したものですが,
(1) 不比等と子どもたちの関係が,上下の位置に表示されて,親子であることが明示され,一見してわかる。
(2) 不比等と子どもたちとの関係がラベルで示されている。
(3) 子どもたちの関係が並列になっているので,兄弟であることが示されている。
(4) 聖武天皇が光明子の夫で,不比等の娘婿であることが示されている。
とくに,ここでは,上下の位置,並列の位置がポイントになっていることに注意して置いて下さい。
また,図4のように,文献を収集したときに,その著者・著者の分野・文献のジャンル,などもグラフで表示できるので,調査・研究にとって有益なグラフを作成できます。
もちろん,図3・図4ともに,Obsidian上では,各ノード名のノートにリンクしています。
(これがなければ,ただの描画アプリと変わらない訳で,Obsidianを使う必然性はない)。
ついでですが,クラスタの問題があります。
図1のグラフの基本の説明では,クラスタについては説明しませんでしたが,図3・図4では解決されている。
グラフでは,クラスタはノードの形や色で示されます。
同じ形・色であれば,同じ集合に属していることがわかるわけです。
PKGの歴史的発展
次に,先回掲げた図を再掲して,簡単に基本的なタームを押さえておきます。
図5の青部分が,後編で対象とする情報工学的観点,つまり,プログラミングなどの技術的視点から見た分類でした。
(ただし,タグ付けに関するタクソノミー・フォークソノミーは今回は省略します)。
(1) KG(ナレッジクラフ)はグラフ理論から生まれたことはすでに述べました。
このナレッジグラフは,現在,セマンティックウェブ(Web Site上の情報に意味を付与する)やAIの基幹技術ともなっています。
KGの包括的紹介を行っている基本文献が,Aidan Hogan他「Knowledge Graphs」です。
この論文によると最低限,以下の点が重要です。(特に,解説はしない)。
・KGの概念が最初に登場したのは1972年で,2012年のGoogle Knowledge Graphs で広く知られるようになった。
・KGは,グラフ理論のデータモデルを使用して,大規模で多様なデータソースから価値を統合・管理・抽出することができるアプリにより,知識を保存する。
・このシステムを採用することは,従来のリレーショナルデータベース(RDB)などに比較して多くの利点がある。
・そして,KGは実世界の知識を蓄積し,伝達することを目的としたデータのグラフであると定義される。
(2) 次に,左上のOKG(Open Knowledge grahps)は,Freebase・Wikidata・DBpedia などのオープンなナレッジグラフで,KGとして,最初に登場しました。
これは,様々な情報を収集し,関連づけて,組織化するためのデータベースです。
検索エンジンやデータ分析などに用いられ,一般的にはフリーで利用できるので公共的です。
(3) EKG(Enterprise Knowledge Graphs)は,組織レベルで,組織に関連するデータを,データベースに接続して組織の意思決定を支援するグラフです。
また,Enterprise Knowledge Graphs Foundation によって,開発と展開のためのガイドラインが定められているところに特徴があるので,統制的なものです。
(4) あらためて,PKGを歴史的文脈で押さえると,EKGを個人でも利用できるように私的にしたという経緯になり,その概念は2009年に登場したとされます。
そして,そのアプリですが,技術的には次の図のように発展したという説があります。
※Dan McCreary「Personal Knowledge Graphs - Towards Data Science」
この図については,ハイパーリンクが,ゼッテルカステンから発展してHTMLになったとか,ノンリニアシンキングが,マインドマップになってグラフになったとか,そうなのかな?という疑問点もあるのですが,ここに示されている諸要素が相まって,マークダウン形式・グラフ・ノートが複合したPKGアプリになったという,青色系の部分は押さえておいてよい気がします。
(図で一覧できるので掲げました)。
(5) 最後に,SKG(Social Knowledge Graph)ですが,各個人のPKGをベースにした共通プラットフォームで,データ・書き込み・公開・出力などを共有できる公共的システムです。Notion などに実現されている部分があります。
以上の流れをまとめると,公共的なOKGから,統制的なEKGが登場,私的なPKGへ広がり,私的なPKGを基盤にする公共的なSKGが生まれる,ということになります。
PKM/PKGの歴史的推移
さて,いよいよPKMアプリが急増して,PKGアプリへ進化していく歴史的推移を解き明かすことになります。
イヴォ・ヴェリチコフ氏とその著作について
ここで,重要なのがイヴォ・ヴェリチコフ氏による主張です。
自己紹介によると,ヴェリチコフ氏は、プロダクトマネジャー,CEO,経営コンサルタントとして,過去25年にわたり,公共および民間の大企業の戦略,構造,情報化に関する支援に従事してきた研究者です。
また,EUによる知識共有のカンファレンスであるENDORSE Conference でも報告しています。
氏の主張を端的に知ることができるのが,2021年7月のブログと,そこからリンクしているYoutubeです。
また,今年(2023),すでに紹介した,PKGについての最初のまとまった著作として,Ivo Velitchkov,George Anadiotis編の『Personal Knowledge Graphs: Connected thinking to boost productivity, creativity and discovery』 (English Edition)が刊行されました。
特に,ヴェリチコフ氏が担当する1・2章では,
・グラフがさまざまなスケールで、多種多様な問題に利用できる構造であるのはなぜか?
・個人知識グラフ(PKG)とは何か、なぜそれが重要なのか?
・現在、どのようなPKGがあり、その有用性と限界は?
・PKGはどのように進化していくのか?
を,知識・認識・歴史・技術・実用性など、さまざまな観点から総合的に考察しています。
そこで,以下,ブログの記事と,この著作の第一章「パーソナルナレッジグラフ - なぜ、何を,そしてどこで使うのか?」に依拠して,ヴェリチコフ氏の主張を紹介し,そしてわたしなりに補足しながら,PKGアプリ(広くとるとPKMアプリ)の進化について述べていきたいと思います。
PKG/PKMアプリの歴史的推移の概観
まず,ヴェリチコフ氏がブログで示した次の線グラフをご覧ください。
この図から分かるように,ヴェリチコフ氏は,PKG/PKMの進化を3つの波に区分しています。
そこで,この線グラフから読み取れることを,わたしなりに解説して区分すると,次のようになります。
暗黙(Tacit)のPKG/PKMの波:2・3の波に比べて圧倒的に=すべてが暗黙の状態,しかし徐々にこの波は衰えていく。
PKG/PKMアプリが急成長する波:1の波の中から,次第に新しい波が成長し,この波は2019年からnow(2021)を経て急上昇して続き,その後しだいに衰えていく
PKGとアプリの波:この波は現在しだいに勃興しつつあり,しだいに発展していくことが予想される
では,以下,この区分にしたがって具体的に見ていきます。
第1の波:暗黙(Tacit)のPKG/PKM
暗黙のPKG/PKMは,これまで説明したことから,どのようなものであるか理解していただけると思います。
簡略に言えば,人間の身体内にあり,外部化されていない,その意味でのPKGです。
古くは,ギリシア・ローマの古典古代の時代から現代まで,主として学者や聖職者など,知識人レベルを中心に知識管理が行われてきました。
セネカやマルクス・アウレリウスは,ある種の日記を残しており,個人の知識を管理するための最初の技術であるコモンプレイスブック(備忘録)を作ったと言われています。
そこで想起されるのが,平安時代に,陰陽寮で作成した具注暦に,藤原道長が,年中行事や日常生活を記した『御堂関白記』で,これは日本のコモンプレイスブックと言っても良いかも知れません。
コモンプレイスブックの発展は,書籍から抜粋を抜き出す方法へと発展します。
とくに,ルネサンス時代に情報の大爆発が起こり,それに伴い知識管理が進展したとされています。
※日本の文献としては桑木野幸司『ルネサンス 情報革命の時代』 (ちくま新書) などがあります。
このあたりの事情については,このnoteを書くために,欧米の文献を中心に漁ってみましたが,西欧の情報管理の歴史は,かなり研究されているので,今回は表面に出た氷山のほんの一角を紹介します。
アン・ブレア『情報爆発』(2018)に掲載されている,次の画像が注目されます。
これは,ハンブルグのヴィンセント・プラッツィウスが『抜き書きの技法』(1689)で紹介した,書籍の抜粋と参考文献のキャビネットです。
このキャビネットは,もともとはイギリスのトマス・ハリスが1640年代に作成した「学習の保管箱」で,プラッツィウスは改良して自分も使ったとされています。
これは,木製のキャビネットで,このキャビネットには,金属板に3,000 個の文字付きフックが付いていました。
興味深いのは,次の画像のように抜き書きした紙片を,キャビネットの引き出しから取り出して,金属板に取り付けられたフックにぶら下げて,関連する情報を整理したことです。
ここで思いだすのは,梅棹氏のこざね法で用いられた紙片とその使用法です。
キャビネットの使用法については,きちんと分析する必要がありますが,もともとの書籍ごとの引き出しから,テーマにあった抜粋の紙片を抜き出して,新たなクラスタ(右のフックの束)を作成したと想像できます。
これは,こざね法に先立つこと200年以上前に編み出されていた情報管理の手法で,ライプニッツも使っていたとされるので,今後の検討課題ですが,梅棹氏もこの種の管理方法を知っていて,自分の情報整理に取り入れたという可能性は十分考えられます。
【追記】
『知的生産の技術』によると,梅棹氏は,1950年頃から,桑原武夫氏を中心とするルソー研究,さらにルネサンス期の知識の集積である『百科全書』の共同研究に参加して,そこで桑原氏発案で全員が同じカードシステム共有していたので,その際に西欧のカード法を学んだと考えられます。
また,1500年代にドイツの研究者たち(コンラート・ゲスナーら)が考案したゼッテルカステン(Zettelkasten:伝票箱)も,このような管理法と関連しながら発展したとみられます。
(ちなみに,ツェッテルカステンを,ニクラス・ルーマンが作ったという説は全くの誤りです)。
第2の波:PKG/PKMアプリの急成長(2019〜22)
2019年から現在にかけてPKG/PKMアプリは急成長しますが,アナログベースの最初のPKGが,ニクラス・ルーマンのカードシステムであった,とヴェリチコフ氏は述べています。
そして,よく知られる次の図を掲げています。
ルーマンのカードシステムも,カードは書籍などの抜粋・アイデアなどで,そこに番号を付けて(あるいは枝番号で追加して)連続的な関係をつけていきました。それにより,自分のテーマに沿った知識体系を創出したわけです。
(先のツェッテルカステンや,ルーマンのカードシステムについても,多くの研究があるので,あらためてカード法の検討で見ることにしたいと思います)。
そして,デジタル時代を迎え,2019年以降,Roam Research を皮切りに,PKG/PKMアプリが急増します。
(また,この波は,研究者たちのPKGへの関心の高まりと並行して進んだとヴェリチコフ氏は述べ,このようなPKMをプロトPKGと呼んでいます)。
この急増を,ヴェリチコフ氏は爆発(The Explosion)と称しています。
(おそらく,ルネサンス時代の大爆発を念頭においているのでしょう)。
また,同書の後に書かれたブログで,ヴェリチコフ氏は,氏なりの分類に従って, PKMを70種類挙げています。
(これはPKGではなくてPKMです。ヴェリチコフ氏は,70種類全部がPKGと言っているわけではありません)。
この中には,ティアゴ・フォーテ氏が挙げたZoteroや,Word・UlyssesなどSTUDENTに分類しているものは当然ながら入っていないので,PKMの分類としては,こちらの方が正確なのではないかと思います。
そして,現在のPKMアプリの中には,本格的なPKGに向かうアプリがある。それが,PKGアプリであるとします。
ヴェリチコフ氏によると,LinkedDataHub,CodexなどのアプリがPKGの中心にあり,その周辺に,Roam Research,Logseq,さらにその周辺に,Obsidianなどのアプリ群が存在しているとしています。
(個人的には,Obsidianは最近の機能追加によって,より中心部分に近づいてきていると思いますが,その点はあとで述べます)。
その上で,次のように述べています。
この文章で注目したいのは,急増したPKMには,問題点があることが前提になっていることです。
その問題は,上の最初のブログの,次の図に示されます。
この図で押さえたいのは,
(1) データは,円で囲まれたさまざまなアプリに,独自仕様で存在していること。
すなわち,企業データも,個人情報も,それぞれのアプリの中に閉じ込められている。
このことを,ヴェリチコフ氏は,データのサイロ化と呼んでいます。
(2) そして,サイロ化されたデータを繋いているリンクは,人間の脳内だけに存在している。
そして,次のように述べています。
以上から,ヴェリチコフ氏は,この状態をアプリ中心主義と呼び,さらに次のように指摘します。
そこで,ヴェリチコフ氏は,『データ中心主義革命(The Data-Centric Revolution: Restoring Sanity to Enterprise Information Systems)』の考えを採用して,アプリ中心主義から,データ中心主義へとPKGは進化すべきだと主張します。
データ中心主義に求められるのは以下です。
(1) データは自己記述的であり、解釈や意味をアプリケーションに依存しない。
(2) データはオープンで非独占的なフォーマットで表現される。
(3) アプリケーションはデータにアクセスし、魔法をかけ、その結果をデータレイヤーに表現することができる。
(4) データへのアクセスとセキュリティはデータレイヤーの責任であり、アプリケーションが管理するものではない。
という条件を持つものであるとしています。
このようなデータ中心主義は,日本でも広がりつつあるデジタル・ヒューマニティーズ(デジタル人文学)の基本理念でもあるでしょう。
たとえば,1987年から始まった国際プロジェクトTEI(Text Encoding Initiative)による,テキストのデジタルエンコーディングに関する,国際的な標準方針TEIガイドラインも,次のような理念のもとに策定されています。
この理念があるからこそ,言語,文学,歴史,社会科学,言語学など,さまざまな学術分野の研究者や,学術コミュニティは,テキストデータを効果的に活用できるわけです。
ということは,ヴェリチコフ氏の目指すデータ中心主義の理念が,すでに現実化して,さらに進化する方向に現在向かっているわけです。
第3の波:PKGとアプリの成長予測
ヴェリチコフ氏は,将来的にはデータがアプリから独立し,データ中心に進化するだろうという予測をしています。
それを踏まえて今まで見てきたアプリの進化の過程をたどると,次の図のようになります。
(1) データが独自規格で,アプリやファイルに分散してサイロ化しているため,アプリの統合に苦労している段階。
(2) すべてのデータが,PKGによってリンクされているグラフを使用する強力なPKMアプリが登場し,そこに様々な拡張機能(Extention,Obsidianで言えば,プラグイン)が追加されている状態。
(3) どこからでもアクセスできるパブリックなデータが,PKGによってリンクされていて,周辺の様々なアプリ(アプリはデータを訪問する魔術師)がそれにアクセスして利用できる段階。
これは,デッド・ネルソンのザナドゥ計画の21世紀版と呼んでも良いかも知れません。
PKGとしてのObsidian
Obsidianの理念・機能との共通性
以上を見てくると,Obsidian を使っていて,よくご存知の方は,現在のObsidianはかなり,ヴェリチコフ氏の方向に近づいている,あるいは,その方向を理念としていると思われるのではないでしょうか。
(1) Obsidianは,ローカル主義である。
(2) Obsidianはオープンで,テキストを基本とする。
この様に,非独占的なファイルを使用するので,ユーザーはアプリに閉じ込められることなく,長期的にデータを保存することができ,Obsidianがなくなってもデータは残る。
(3) アプリを肥大化させる方向ではなく,基本機能は限定し,拡張機能によって追加できるようにしている。
(4) データは基本的に,グラフによってリンクされる。
以上で,PKGとは何か,その過去から現状へと,そして今後の予測,PKGとしてのObsidianの位置は理解していただけたと思います。
現在のObsidianのPKG機能
最後に,次の例を使って,現在のObsidianを用いて,どこまでPKGを実現できるのかを解説します。
上の図は,このnoteを書くために収集したヴェリチコフ氏の著作・ブログ・ツイートの一覧をグラフ化したものです。
真中の氏名(オレンジ色の部分)を上位に,著作などが氏名とリンクして下に並んでいます。
この画像の赤丸が,氏の著作『Personal Knowledge Graphs』に関するノートで,この部分をクリックすると,次の画像に示したノートとグラフに遷移します。
図14は,左側が『Personal Knowledge Graphs』のノートで,右側はそのノート(オレンジ色の部分)を中心にリンクしているノート群を示したグラフです。
左のノートでは,ノートの上部(赤線部分)にAuthor(著者)として氏の名前をリンクさせています。
そこで,右のグラフでは,赤丸のAuhtorとして出現しています。
また,グラフの右上の部分には,図13に出てきた他の文献一覧が並んでいます。
この例のように,グラフによってある人物の関係文献を自動的に配列する機能が,Obsidianとプラグインを使うことによって実現します。
これが,ObsidianをPKGと呼ぶ所以です。
これはどのような機能によって実現されているのか?
Obsidianは,2023年7月に各ノートにProperties(属性)を付けられる機能を搭載しました。
これによって,ノートの別名(aliases)・タグ・日付以外にも,ユーザーが自由にノートにメタデータを加えることが可能になりました。
たとえば,文献ノートであれば,書誌情報は本文ではなく,すべて付帯情報としてPropertyにまとめることができます。
また,Propertyの値を他のノートにリンクさせることも可能になったので,Obsidian は正式にPKGとしての機能を持つようになったのです。
上の図14で,左側のノートには,Property名として"Author"と"Up"を加えています。そして,"Author"の値が,"[[👤Ivo Velitchkov]]"で,"👤Ivo Velitchkov"というノートにリンクしています(赤線部分)。
ちなみに,各propertyの値は,[[やノート名を入力していくと,すでに存在するノートの場合は,関連するノート名がサジェストされていくので容易に入力できます。
(Various Complements プラグインを使うとさらに便利になる)。
このノートを右のグラフに表示させるためには,次の3つのコミュニティー・プラグインが必要です。
Markdown ファイルに対して,データインデックスとクエリ(問い合わせ)言語を提供するdataview プラグイン。これは前もってインストールしておきます。(グラフ表示のために,クエリを作る必要はありません)。
Excalidraw プラグイン。前からすべてのnoteで使用している描画ツールで,これもインストールだけです。
そして,本体が,同じ作者によるExcalibrain プラグインで,このコミュニティー・プラグインを用いてネットワーク・グラフを描画します。
Excalibrain については,プラグインの設定で,オントロジーの指定を確認します。それが次の画面です。
すでに,upやdownなど基本的な値は入っていますが,必要な場合は追加します(ここでは,AuthorをParentsに加えている)。
この図を見て分かるように,現在,Obsidianで指定できるオントロジーは,
Parents,Children,Frineds(Left Side,Right Side,Previous,Next)
の6種類です。この命名からだいたい想像はできますが,図示すると次のようになります。
このように,up・downは上下の関係,他は左右の関係として表示されるので,そこにユーザーがオリジナルのオントロジーを設定できます。
例えば,upは親で,downは子,左・右は兄弟姉妹とする。
あるいは,私が作ったように,noteAが文献ノートだとすると,noteBは著者ノート,さらに,noteEは元原稿であったり,引用資料や参考文献などという風に。
また,左・右には,著者の関連文献や,noteAの内容に関するジャンル,概念や年号・地名などを配置させて,関係性を示すこともできるので,ある文献を幅広い文脈に位置づけることもできます。図4を思いだして下さい。
このように概念の関係性を示すための規則がオントロジーです。
これによって,データは情報として位置づけられ,グラフ全体によって作られる関係性と,グラフを検討することによって個人が生み出す創発が知識となります。
Obsidianのオントロジーは,まだまだ原始的なレベルですが,個人の調査や研究のレベルでは十分役に立つレベルになったと思います。
今後のObsidianへの期待
前編の最初に述べたように,Obsidianの開発は現在進行形です。
今後,どのような方向に行くのか分かりませんが,Propertyを搭載することによってメタデータを扱えるようになり,不十分ながら,個人によるオントロジーを実現できるようになりました。
(それが,PKGの中心部分に近づいているとした理由です)。
Loadmapによると,Propertyの改良は現在も進行しつつあり,Databaseの搭載も予定されています。
(DAtabaseがどのようになるか大注目です)。
また,パーソナルなオントロジーを実現するために必須なコミュニティ・プラグインのDataviewも,並行してDatacoreに変更され,スピードアップと機能の強化が予定されています。
Obsidianを支えているユーザーの中には,プラグインも開発できる多くの研究者がいるので,Obsidian の PKG化の方向は,今後さらに進んでいくことでしょう。
おわりに
以上,PKG/PKMの急激な発展のただ中において,その中核的存在としてObsidianが登場し,さらに現在,発展しつつあることを見てきました。
あらためて振り返ると,前編では,PKMの本来の機能を使って,厳密なPKGを用いなくても,Obsidianで,暗黙の関係性を明示できることを述べました。
後編では,ユーザーが,明示的な規則を適用することによって,独自のPKGを構築することができ,自動的にすでに存在する関係性をグラフで明示できることを事例を用いて示しました。
この点で,内外で先駆的にObsidianを使用してきた方々がよく言うように,Obsidianはノートアプリではない。
正確にいえば,Obsidianは単なるノートアプリではなく,ノートアプリの範疇を越えたPKM/PKGです(LogseqやHeptabaseなどもまた然りです)。
そして,これらのPKMは,ネットワークで繋がれたデータ・情報を,ユーザー独自の知識に変え,創造性・独創性もそこから生み出されます。
以上のことを理解するために,最近の海外の議論も紹介しつつ,PKM/PKGの歴史的発展,社会的・技術的背景をたどってきました。
次世代型ノートアプリには,それぞれコミュニティもあり,学術的なレベルまで含めて様々な議論が交わされています。
(ユーザーコミュニティのDiscordにもacademiaというスレッドがあるように)。
今後,日本からも積極的にコミュニティーに参加して,その知見をもとにした議論が進むことを期待します。
冒頭のエピグラフに掲げたバタイユの喚起にあるように,Obsidianで実現できる建築物は,先人が練り上げ,成形し,焼成してできた思想=煉瓦をコツコツと積み上げることによってこそ実現できるのであり,それにより,地に足のついた堅固な煉瓦造の建築物が構築されるでしょう。
Obsidianを使って作成したこのnoteによって,Obsidianというアプリ自体が,煉瓦の集積のうえに構築されたものであることを感じとっていただき,また,ご自身の利用法に役立つ部分が幾分でもあったなら,このnoteの目的は達成されたことになります。
ヴェリチコフ氏が,同書第二章の最後に書いている文をもじって,こう締めくくることにします。
【参考】今回のnoteの概念と主要な文献
このnoteのために作った主要文献と概念の構造図を参考として掲げておきます(クリックすると拡大します)。
ここから文献を省いて作ったのが,前編・後編で掲げた概念図になります。
繰り返しですが,Obsidian上では,各項目をクリック/ホバーするとそのノートを閲覧・編集できます。
もちろん,このnote上では無理ですが😅
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