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映画館とボクとお母ちゃん。

1989年に日本で公開、映画に恋した少年の物語『ニュー・シネマ・パラダイス』よりも昔。1961年に生まれたボクは、物心ついた頃から映画館にいた。アイスキャンディー屋を営んでいた実家は、隣りに建つ洋画映画館にアイスキャンディーを卸していた。自由気ままに動く幼少のボクは洋画映画館への出入りも自由。看板を見て面白そうだと思ったら、場内に勝手に入り、スクリーンに映し出される異国の巨人たちに目を白黒させたいた。字幕はあったけど、読めるはずもなく、観客が笑うシーンでいっしょに笑ってた。ただ、シートがボクには大きすぎた。シートの上に立たなきゃ見えないし、立つと周囲のお客さんから怒られるし。外ではボクが行方不明になっていて、母がよくボクを怒りながら探しに来てたし。洋画映画館は、ボクには居心地のいい空間ではなかった。ちなみにボクが母のお腹にいた頃は、大きなお腹のまま自転車にまたがり、あちらこちらにアイスキャンディーを配達してたそうだ。

やがて、洋画映画館は取り壊され、その頃になると、祖父と父母は邦画映画館の売店を営んでいた。ボクも小学生になり、学校が終わると、ランドセルを背負ったまま売店に行く。売店の中で宿題を済ませ、母の仕事が終わるのを映画を見たりしながら待っていた。映画館は邦画の3本だて。映画と映画の間、休憩時間に、母が場内でアイスクリームを売る。夏場なんかはクーラーが効いている場内なのに、母は首にタオルをまいて、汗をふきながら、場内を歩き回っていた。ボクはその様子を目で追いかけていた。最終上映前の休憩時間が母の最後の仕事。最後の仕事といっても、それは売店での話。上映中に母は1人で家にもどり、掃除、洗濯、煮炊きをしていたのだ。そんな母を見ながら、ボクは映画を見たり、ロビーで遊んだり、売店内にあるテレビを見たり。母のここでの仕事も終わる。売店の後片付けは父の仕事。ボクは母と手を繋いで映画館をあとにしていた。でも少学校時代、最も多くの時間を過ごしたのが上映中の場内だ。高倉健さん、鶴田浩二さん、壺振りお竜さん、文ちゃん、座頭市、素浪人、寅さん…もう数え切れないくらい映画を見た。義理と人情のヤクザ映画なんかもうあらすじまで理解していた。我慢して、我慢して、最後に堪忍袋の緒が切れてドバッだ。健さんが背中に傷を負って、悪役がひっくり返っていた。シリーズだったけど、ボクには全部同じ。大人って、なんでこんなわかりきった映画が好きなんだろうとボクは場内のシート3個分をベッド代わりに寝そべりながら映画を見てた。

高校生になると、ボクの足も映画館、売店から遠のいた。もちろん、上映中で見たい映画があれば途中からでも場内に入り、気にいった映画は上映期間が終わるまで何度でも見ていた。いま思えば、なんて贅沢な時間だったんだろうと思う。その映画館もお客さんの数は年々減っていき、途中、映画館の社長が活弁映画なんかも企画して話題になったけど、イベントが終われば客足はさっぱり。ついに映画館の閉館が決まった。社長がボクに山口百恵さんが好きだったよねと潮騒に出演したときのスチール写真をくれた。この写真は今でも物置のどこかに眠っている。もしかしてすごい価値があるんじゃないかなんて思いながら、ときどき思い出すけど、探す気もない。

映画での思い出のひとつと言えば、フイルム時代、投影中にフイルムが焼き切れるという話、ボクは何度も経験している。突然、画面が消える。真っ白なスクリーン。観客がどよめく。暗かった場内が明るくなる。しばらくお待ちくださいのアナウンス。そのアナウンスとともに、母が売り子になってアイスクリームを売りにくる。ボクは退屈なのでロビーに出たり、売店を手伝ったり。ときには映写室のおっちゃんのあたふたさを見に行ったりしてた。映写室に向かう急で狭い階段は今でも記憶に残っている。

映画館が閉まった。寂しさはなかった。いつも忙しく、お正月も寝る時間もなかった母が解放されるんだと思った。ボク自身、家族と家族旅行なんてしたことはなかった。それが当たり前だと思っていた。売店がなくなって、これからはお正月も休めるし、商売を気にせず、旅行もできる。とボクは考えてたのに、母は体調を崩して60歳でこの世を去った。きっと、無理してたんだろうなあ。

映画館の跡地はマンションになった。どの映画も楽しかったなあ。『七人の侍』を初めて見たときは、暗さ(モノクロ)に驚いた。でも、気がつけば最後までハラハラドキドキで見てた。小学校低学年のときだ。寅さんを見たときは、いつもそのラストシーンの寂しさにやりきれない気持ちになっていた。『伊豆の踊子』を見たときは胸が締めつけられる思いだった。他にもまだまだある。なんせ物心ついた頃から映画館にいたんだから。

思いつくままに書いてみた。でも、ボクにとって映画にまつわる思い出は、母と過ごした時間だった。

お母ちゃん、楽しかったよ。

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