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サブマリン号。

夏になると、夏休みの半分を父の田舎で過ごした。曲がりくねった道。高い建物はない。平屋建ての家屋が道の両側にくっつくように立ち並んでいた。家の裏には緑の田んぼが広がっていた。家の前には用水路があった。緑の藻が細長く流れ、小魚が泳いでいる。夜、目の前は真っ暗な闇だ。頭上には満天の星。ひとつの星をじっと見ていると、その周囲が闇に染まっていく。ふと怖くなり、星空全体に意識を広げる。天の川が見える。流れ星が見える。世界はどうなっているんだろう。宇宙はどうなっているんだろう。小学生の夏休み。

朝が来る。家の前に森へと続く道がある。帽子をかぶり、虫かごを肩にかけ、手に虫取り網を持つ。道を少し歩くと大きな鳥居が見えてくる。鳥居の向こうは境内につながる坂道。石の階段を駆け抜ける。本殿へとつながる広い境内があらわれる。その境内を取り囲むように大木が何本も立っている。ジィーージィーーとセミの鳴き声。耳をすまし、目標をさだめ大木へと忍び足。木に小さなでっぱり。木の皮の色に同化したようなセミ。そのセミに網をかぶせていく。でも、ほんとに探してるのはクマゼミだ。アブラセミよりひとまわり大きく透明な羽を持つクマゼミ。見つけたい。取りたい。いっぱいになった虫かご、ふたをあけて、セミたちを解放する。お昼ごはんのあと、いとこのおばさんが昼寝時間だと言う。う〜ん、困った。なぜなら昼寝なんてしたことなかったから。寝ていた いとこを揺り動かし、川へと誘う。

素足を川の浅瀬につけた。気持ちいい。すこしずつ川の真ん中へと進んでいく。川のなかの丸い石。その表面にこけがついている。ズルッと足がすべり、バランスを崩す。カラダが水中にダイブする。水のなかにはいろんなものが流れている。木の葉、枝、ゴミ、小さな小さな砂つぶのような何か…。

川で遊ぶ。虫とりで遊ぶ。夜の暗さに驚く。

雨の日。屋根裏部屋でプラモモデルを組み立てていた。ボクが選んだプラモは潜水艦だ。ただの潜水艦ではない。モーター付き、接着剤で船体を丁寧に組み立てる。水の中をスイスイ進む潜水艦をイメージしながら。

完成した潜水艦を頭上にかかげた。船底のスイッチをいれる。振動とモーター音。プロペラが回る。屋根裏の斜めになった空間。ボクの潜水艦サブマリン号が自由自在に動きまわった。

雨上がりの夜。サブマリン号を手に夜道を歩く。お風呂屋さん、銭湯が見えてきた。サブマリン号がついにデビューだ。広く深い湯ぶね。サブマリン号の冒険が始まる。ふだんなら熱いはずなのに、そんなことも気にせずにカラダを湯ぶねに沈めた。まだ、両手にもったサブマリン号は濡らしていない。スイッチを入れた。プロペラが回った。サブマリン号が着水した。目標は正面の少し高くなっているところ。深い湯ぶねに入るため、腰かけるために一段高くなっているところだ。水中に沈めた、ボクの手がサブマリン号を離した。

速いっ!すごい!

でも、サブマリン号はボクの予想をこえて、湯ぶねの底に向かっていた。

サブマリン号が湯ぶねの底近くにある四角い吸水口の中に消えていった。ボクも潜った。吸水口の中に腕を突っ込んだ。サブマリン号はどこにもいない。近くにいた見知らぬおじさんが足で吸水口のなかをまさぐってくれた。サブマリン号は戻ってこなかった。ボクのサブマリン号は、水中の長いトンネルの向こうに行ってしまった。

プラモデル屋さん。山積みされた たくさんの箱の中から、サブマリン号を選んだ。そのときから、サブマリン号の大冒険は決まっていたのかもしれない。

たった1日でサブマリン号に出会い、別れ、買ってくれた祖父に叱られた夏の思い出。

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