J庭55 新刊『まだ大人じゃない』紹介
もうすぐJ庭55ですね!
ご案内の通り、『ま13a:JUNK SHOP』で参加予定です!
新刊『まだ大人じゃない』、無事刷りあがっております🥰🥰🥰
問題なさそうなので、当日ちゃんと頒布できると思います。楽しみです〜!
というわけで簡単な内容紹介を。
『まだ大人じゃない』は『青春の痛み、恋の痛み』をテーマにしたBL小説三本を収録した中編集です。
収録作品は
「手品もしくは魔法」
「あなたがそばにいたら」
「離陸」
の三本です。
『手品もしくは魔法』
肩を故障し時間を持て余す、将来有望だった野球部員・斎藤太輔。
行き場をなくした彼は教室へ向かい、そこでクラスメイトの長谷部駿に出会う。
どうやら彼は奇術部らしく、何かマジックを見せてくれと気軽な気持ちで斎藤は頼む。
長谷部はマジックを見せた後、不思議な話を斎藤にする。
マジシャンは一度だけ、タネも仕掛けもない本物のマジックが使えるのだと。
『あなたがそばにいたら』
クラスメイトの堂島に叶わぬ恋心を抱いている合唱部の吉澤。
ふとしたきっかけで堂島と交流を持つようになるのだが……。
思春期の恋の痛みを克明に描いた作品。
『離陸』
運命を共にし世界と戦った存在を失い、日々漫然と生きる青年は、バイト先で彼と同じ名前の大学生に出会う。
青年は彼を遠ざけようとするが、大学生は青年に何か思うところがあるようで……?
以前発行した同人誌の再録になります。こちらで冒頭読めますのでぜひ!
せっかくなので『手品もしくは魔法』の冒頭も掲載しておきます!
一
一日練習をサボると、とりかえすのに一週間かかるぞ。
コーチはそう言っていつも俺たちを脅していた。だったらこの怪我の分を取り返す頃には、もう俺はこの高校をとっくに卒業しているだろう。
「今はとにかくゆっくり休め」
なんて、コーチは同じ口で言う。ゆっくり休んでる時間なんてないといつも言ってるのはあなたじゃないですか。しかしそんなことを言ったところで俺の肩の故障が治るわけでもないから、もちろん俺は黙っている。
部活は見学してもしなくても好きにしていい。そう言われたが、最初は義務感から見学していた。だが、だんだん部員たちが俺の取り扱いに困っているのがはっきり感じられるようになり、徐々に足が遠ざかった。かと言って家に帰れば親が顔面にべったりと『心配』を貼り付けた表情で向き合ってくるので息が詰まる。結局、図書室で時間を潰すようになった。
本を読んだり、授業の予習復習をしたり。時折、金属バットがボールを打つ音が響いてくる。部員たちの気合いを入れる掛け声や、楽しそうな笑い声も。最初は微笑ましい、心の落ち着くBGMとしてそれを聴いていたが、部活に出れなくなって二週間も経つと、その声を聞くのもなんだか嫌になってきた。
俺は、自分がいずれプロ野球選手になるのだと思っていた。
それ以外の未来を見たことはなかったし、そのためのレールは俺の目の前にまっすぐ伸びているのだと思っていた。俺はそこを、ただひたすら自分の足で進んでいけばいい。そう思っていた。
だから、肩に些細な違和感があっても、俺はそれを気にしなかった。線路の上に置かれた小さな石ころ。そんなものはすぐに車輪に弾き飛ばされると思っていた。だけど実際にはそれは違った。それは石ころなんかじゃなく大きな石で、それを弾き飛ばすどころか、俺の車輪はそれに巻き込まれて脱線してしまったのだ――。
医者は言った。とにかく休みなさい。いつ治るんですか、という俺の問いかけにも、ひたすら休みなさいと言うだけだった。なんだかとても怖くなって、それ以上聞けなくなってしまった。
ある日、誰かのこんな声が耳元で聞こえた気がした。
――あなたは、ここで終わり。
――終わり。
――ここで、終わり。
――あなたは、プロにはなれない。
聞こえないふりはできなかった。もしかすると、どうやら、それは事実なのかも知れなかった。
だけれど、それを簡単に受け入れることができなかった。レールが急になくなってしまったら、電車はどこに進めばいいんだ?
だけど、一日一時間一分一秒と経つごとに、俺はじわじわとそれを実感していく。家で一人で寝ころんで天井を睨んでも、携帯電話に野球部全員への一斉送信の連絡が届いても、テレビでプロ野球を見ていても、誰かがひそひそと囁いている。
――終わり。
――あなたは、終わり。
諦めたくなかった。その忌々しい声を振り払うために思い切りボールが投げたい。何度も何度も、キャッチャーミットが小気味良い音を立てるようなストレートを投げたい。俺はそれができる。それが大好きで、それが俺自身なのだから。だからそうしないとこの不安な気持ちは拭えない。
だけど、それをしたら、俺は本当に終わってしまう。
「くそっ」
放課後の図書室。思わず大きな声を出してしまった。周囲が怪訝な顔でこちらを見る。俺は立ち上がり荷物をまとめると、逃げ出すように図書室を後にした。他の場所を探すことにする。地元の図書館に篭っても良かったが、あいにく今日は休みだったはずだ。向かう先のない俺の足は、自然と教室へ向かった。
クラスメイトに友人はほとんどいなかった。俺の世界は野球部の中で閉じ切っていて、他の世界との接続端子をほとんど持ち合わせていないみたいだった。野球部がスリープ状態の今、俺の接続相手はこの学校のどこにもないのかもしれなかった。
それでも足が教室へ向いたのは、単純にもうこの時間には教室に誰も残っていないだろうと思ったからだ。
誰もいないところで、少し気を鎮めたい。
教室の引き戸を音を立てて開けた。中に入ると、意外にも人影があった。
「びっ……くりしたぁ」
一人の男子生徒が、小さな躰をすくめ驚いた顔でこちらを見ていた。
先客がいた。予想外の事態に俺は心の中で舌打ちをし、そのまま引き返そうとする。
「斎藤くん!」
そいつが俺に呼び掛けた。呼ばれては、さすがに無視もできない。
「なんだよ」
俺は答えながら、とろとろと脳をサーチしていた。
――こいつ、なんて名前だったか。
「長谷部だよ、長谷部駿」
まるで俺の頭の中を読んだみたいに、そいつがさらりと言った。俺はたぶん、驚いた顔をしたと思う。
「僕の名前、わかんなかったんでしょ」
なぜか得意げに話す長谷部。
「んなわけねぇだろ、クラスメイトなんだし」
「別に遠慮しなくていいよ。たぶん、クラスの半分くらいは僕のことなんて覚えてないから」
なんでもないことのように言った。卑屈っぽい内容なのに、特にそう聞こえない。
「言ってて悲しくならないか」
「別に?」
あっけらかんとして、さっぱりと。俺は、ちょっと面白いな、と思った。人間の見知らぬ一面を知るのは楽しい。
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