センスメイキングとは何か

クリスチャン・マスビアウ, センスメイキング, プレジデント社, 2018年.

早稲田大学大学院経営管理研究科の入山教授が、日本の企業にもっとも必要な理論の一つとして「センスメイキング理論」を掲げており、”センスメイキング”(以下本書)を手に取りました。入山教授の仰るところと本書の主張が合致したものか推し量る術はありませんが、きっかけを下さったことに感謝致します。

■センスメイキングとは何か
"センスメイキング"とは「人文科学に根ざした知の技法。アルゴリズム思考の正反対の概念といってもよい。」と定義されています。ビジネスの分野においては、顧客に向き合って徹底的に理解をするためのアプローチとして、市場調査の数字やデータの分析を行うということではなく、その顧客が持つ文化への深い洞察、つまりその文化を読み解き、言葉を理解し、人々の暮らしぶりを理解する手法です。

例えば、スターバックスは最新のコーヒーマシンや効率的なSCM、携帯アプリや財務管理技術というデータオリエンテッドな経営バックグラウンドを持ち合わせているものの、彼らの本質的価値は南欧のコーヒー文化を洞察した上で、米国人のライフスタイルに合わせて提供できていることにあります。

「文化を調べ、全方位的に理解するには(中略)自分自身の知性、精神、感覚を駆使して作業に当たらなければならない。特に重要なのは、他の文化について何か意味のあることを語る場合、自身の文化の土台となっている先入観や前提をほんの少し捨て去る必要がある。自分自身の一部を本気で捨て去れば、その分、まったくもって新しい何かが取り込まれる。洞察力も得られる。」この洞察力が"センスメイキング"です。文化の理解/洞察力を深めるために"行動"し、顧客の中に自身を投じ、「意味のある違い」の感受性を高めることが求められるのです。Unlearnの本質に通じるものを感じます。

■"センスメイキングの五原則"
本書では、"センスメイキング"を理解する近道は存在しないとするものの、人文科学を構成する理論や方法論を土台とした五原則が紹介されています。

1.「個人」ではなく「文化」を
「ある文化について徹底的に深く理解しようと思えば、まずはその文化で暮らす人々の行動の有り様やその理由を理解することが先決なのだ。」
私達一人ひとりが独自の自立した行動様式を持つ個人的な存在であると思いがちですが、生活の背景にある妥当性はその文化により異なります。
国/世代/(同一国内であっても)地域などのセグメンテーションにより本来あり得る違いを自分の思い込みで見ないふりをしてはいけない、ということです。

2.単なる「薄いデータ」ではなく「厚いデータ」を
「厚いデータは薄いデータと対象的な位置にある。薄いデータとは、言い換えれば我々の行為や行動様式かの痕跡から得られるデータだ。毎日の通勤・通学の距離とか、インターネットで検索する語句とか、(中略)といったもの」です。一方、厚いデータは「我々が身を置く様々な世界と我々がどういう関係を築いている面から」理解・解釈するものです。店頭での雰囲気が悪い、通貨危機が起きそうだ、というような曖昧で厳格さに欠けるデータを判断材料から除外してしまうと、市場での成功率が下がります。

3.「動物園」ではなく「サバンナ」を
より厚いデータを手に入れるために、「動物園で餌を与えられているライオンを見る」のではなく「サバンナで狩りをして生きるライオンの群れを観察」することに真実を見出すことができます。顧客を理解するためには、「上からではなく同じ目線で」関わり合い、「同じ行動、同じものをみる」ことが必要です。さらに、文化についての理解つまり「芸術的遺産や歴史、しきたり」の視点を持つことがはるかに効果的に理解・共感を深めることができます。

4.「生産」ではなく「創造性」を
帰納法、演繹法と並ぶ推論方法として"アブダクション"(ある現象を最も適切に説明できる仮説を作り出すための推論法)というものがあります。アダプションを定義した米哲学者/論理学者のチャールズ・サンダース・パースは「新しいアイデアを生み出すことができるのはアダプションによる推論だけ」と言及しています。簡単な事例として、「窓が割れている」「家具がひっくり返っている」「宝石箱が無くなっている」という現象から「泥棒に入られた」という合理的な推論に一気に(非線形に)飛躍することが挙げられています。アダプション型の推論には乱雑さがあり、多くの人々はこの不確かな状況に置かれることを好まないが、不確かな状態にいなければ、新たな理解への突破口が開かれることはない、これが創造性の真の姿である、ということです。

5.「GPS」ではなくて「北極星」を
90年代後半に、米国の海軍兵学校では天体観測で自船の位置を特定し航海する天測航法の課程を廃止し、GPSと衛星技術を柱としたトレーニングに置換えたものの、ハッキングのリスクを懸念し、2015年に天測航法の習得を義務付けることとしました。この真意は、古き良き技術ノスタルジーに回帰する、ということではなく、手に入る情報はすべて使えるようにし、それらを様々に組み合わせて解釈することが根底にあります。
あたかもGPSに案内してもらうように顧客の文化や感情を単純化して捉えようとせずに、北極星を頼りに目の前の現実と対峙しながら自分の立ち位置や向かう方向を捉える力を養うことが重要、ということです。

■終章について
本書終章である第八章は「人は何のために存在するのか」というタイトルです。印象に残った部分をピックアップします。
センスメイキングの議論において重要な問題として「文化的探求に取り組むことが生活に必須ではない贅沢になってしまって」いることが取り上げられています。昨今のCOVID-19に関連していうと「不要不急の活動」と類似しています。本書では、この問題を、「人は何のために存在するのか」という問いに対する答えとして「人は、意味を作り出し、意味を解釈するために存在する」と説いています。どんな文化や組織でも戦略の中心に抱える、慣習や意味、文化の違いを理解する、という課題に、実践的かつ有益な道具が人文科学であり、これがセンスメイキングの中核を成すスキルとなります。周囲にある当たり前と思っている文化の空気が自分に何かを語りかけてくる瞬間に耳を傾けること。呪縛から逃れて新鮮な目で世界を見回してみましょう。関心をよせ、お互いに気遣いをするために、人は存在するのです。

人の心を推し量ること、私の最も苦手とするところの一つなのですが、改めて自分の課題であることを認識できたことと、そのことに向き合おうという気持ちが芽生えてきたことが、本書からの糧であると感じました。

※本書では、「シリコンバレーという心理状態」としてアルゴリズム思考尊重のアプローチに対し警鐘を鳴らしています。私個人の感想として、ややバイアスのかかった見方に感じられたことと、"センスメイキング"考え方を理解する上での補足的なもの、と捉えたため、本文での紹介は割愛します。

※上記内容は本書のエッセンスを私なりに抽出してまとめたものであり、不正確な表現や異なる理解が合った場合はご容赦下さい。


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