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短編小説 『はないちもんめ』

テレビ局の控え室。

局のディレクターと事務所のマネージャーが話をしている。

「今回はしょうがないね。彩香をどうしても使いたいからね。じゃあ、ということでよろしく!」

そう言って、部屋を出て行く局のディレクターに向かって、傍らで神妙に控えていた女性が頭を下げた。

「よろしくお願いします!」

一緒に頭を下げて見送っていたマネージャーが、彼女をうながして椅子に座らせると、かなり強い口調で切り出した。

「今回ばかりは失敗は許されないよ。前回の失態をどうしてでも取り戻さないといけない。君の先輩の彩香も、彼女のマネージャーにこれ以上君をバーターに使わないでくれ、と言っている」

つい先日だった、広浜夏海は事務所の先輩、神山彩香のバーターとしてお世話になっていた番組で、大遅刻をするという大失態をやらかしてしまったのだ。

それ以来、事務所の看板女優である彩香の覚えが悪くなり、「夏海と一緒にしないように!」と釘を刺されていた。

しかし、どうしても新人の夏海を売り出したい事務所の社長の意向で、彩香と一緒に仕事ができるように、お願いに来たという訳だ。

ある日のこと、会社の稽古場で、お芝居の練習が終わった後、彩香は吐き捨てるように呟いた。

「あーやんなっちゃう。また、私あの子と一緒だよ。いい加減にしてほしいよ!あの子使えないのに」

稽古場の隅で、気配を消すように聞いていた夏海は小さくなる。失敗をしたのは確かだし、自分もそこまでして、彩香と一緒に使って欲しくはない。けれども、これは事務所の方針だし、従うしかない。

ある日のファッションショーでのこと。夏海の前に登場した彩香は、堂々と真ん中を歩いて戻って来る。その迫力に圧倒された夏海は不細工な格好で歩くことになった

また、ある日のバラエティ番組の収録の際、この日は、夏海は同じ事務所の女の子達と一緒に、大部屋で食事をとっていた。

するとそこに、特別室をあてがわれているはずの彩香が突然入って来て、

「私も話に入れてくれない?」と、夏海の椅子を取り上げてしまった。夏美はしょうがなく立って食事をすることに。

「あら、おかずが少ないわね。これをあげるわ」そう言うと、吸っていた煙草の灰を、夏海の弁当のご飯の上にまるでふりかけのように落とした。

事務所の看板女優の彩香のすることに、マネージャーも女の子たちも誰一人、反対することなどできなかった。

「あんた知ってる?みんなあんたのこと、整形お化けって呼んでいるわよ。けど、整形してこの程度って......」

彩香は大声で笑う。

立って食事をしている夏海に向かって、容赦のない罵声を浴びせた。

ある日のドラマの撮影現場でのこと。

彩香の高校の教え子役、ということで夏海は出演していた。劇中では、仲がいいということだったが、実際には険悪な仲で、そんな中でお芝居をするのは、さすがにお互い気まずいものがあった。

そういう雰囲気が出ているのか、映像として見ると、どう見ても、仲が良いように見えないのだ。

監督は、ちょっと変わってしまうが...しょうがない。と、脚本家と相談した結果、大幅に内容を変更した。

プロデューサー、監督の思惑通り、高視聴率を叩き出し、ドラマの放送が半分ほど終わる頃には、次回作の話まで持ち上がっていた。

その話を聞いた彩香は、「もう、あの子と一緒はいやだから!次回作はあの子は外してね」と、その場にいた夏海に聞こえるようにディレクターに告げた。

実は、ほんの少し前まで、夏海と彩香は本当は仲が良かったのだ。

夏海も事務所の先輩で、七歳年上の彩香のことを、お姉さん、と慕っていた。彩香も夏海のことを妹のように可愛がっていたのだ。

そんなふたりの関係が一転する。

一緒に出ていたドラマの主演俳優が、彩香に全く興味を示さず、夏海に関心を寄せたのだ。

それを知った彩香は、心中穏やかではなかった。何故なら、彩香はその俳優のことが大好きだったからだ。事務所の看板女優としてのプライドも傷つけられた彩香は、それ以来、夏海に意地悪をし始めた。単純な女の嫉妬というやつだ。

ある日のドラマの撮影現場でのこと。

夏海が彩香をうしろへ突き飛ばすと、彩香は大げさに倒れる。

「ちょっと、勘弁してよ! ちから強すぎっ! 私に何か恨みでもあるの?」夏海を睨みつける。

「ごめんなさい。ちょっと強すぎたかもしれないけれど、このシーンだとそういう風に、後ろに突き飛ばすって、台本にも書いてあったから...本当にごめんなさい」
彩香のすごい剣幕に、夏海はどうしたらいいかわからず、オロオロするばかりだ。

「あんた、ど素人じゃないんだからわかるでしょ? 何年お芝居やってんのよ?もう、七年以上やっているんじゃないの? なのに、未だにそんなお芝居をして恥ずかしくないの?」

彩香は、ひとつ大きなため息をつくと、

「私が怪我でもしたらどうなるかわかってるよね? 事務所の大損失になるんだよ。あんたはまだ大して稼いでないけど、コマーシャルも含めて、年に十億以上稼いでいるのよ、私は!」と、たたみかけるようにいった。



『人気歌手と電撃結婚! 彩香できちゃった婚!』

大見出しが新聞の一面に踊る。
何億もの違約金が発生し、彩香の全部のコマーシャルが一瞬でなくなってしまった事務所は、大変なことになっていた。

「まったく、お前たちは何をやっていたんだ? 監督不行届きだぞ! お前たち全員、クビだ!クビ、クビ。出て行け!」

「社長。落ち着いてください」
居並ぶ社員たちの中で、一番の年長で最古参の社員が歩み出た。

「これが落ち着いていられるか!どうするんだよ、これから?稼ぎ頭を失って......」

「わかっています。大変なことになった、ということは。けれど、彼女は、『損害金は自分が全て持つ』と明言していますし、また、彼女はそれだけの蓄えもあります。彼女は『即金で出せる』と、言っています」

「損害金は損害金だ。彼女がこれから稼ぐはずだったその分の補填はどうするんだよ?」

「まだ私どもにはそれ相当に稼いでる女優たちが何人もおりますし......」

「それ相当にって......わかっているだろう?ドラマの主役級で、ひとクール3000万から4000万円。コマーシャルはいくらになる? 何本だって同時に出られるんだぞ。ドラマの仕事は、主役は掛け持ちなんかそうそうできないだろう?一年に四、五本しか出られないんだぞ。あとは出れて映画だ」

社長は、だんだん興奮してきたのか、もう、言葉が止まらない。

「今、うちの事務所に主役を張れる女優が、いったい何人いると言うんだ? この問題を起こした彼女を除けば、一人しかいないじゃないか。それ以外は、みんな彼女のバーターにつけていた女優ばかりだろ」

「至極もっともな話なんですけれど」

「あーっ、困った、困った、困ったもんだよ。もう、俺は放り出して辞めちゃいたいよ」

「勘弁してくださいよ、社長」

「彼女のバーターにつけてた新人女優が少しずつですが、人気が出てきているんですよ。コマーシャルも一本決まりました」

「無いよりはマシだが、彼女が失ったコマーシャルは十九本だぞ、十九本!」

そう言うと、社長は深いため息をついた。

「社長。あまりため息ばかりつくと、幸せが逃げていきますよ」

「お前、そのセリフ昔から好きだなぁ」

「すみません。親父の口癖だったもので」

「まぁしょうがない。しばらくは彼女に頑張ってもらうしかないか。お前たちもそのつもりでな」

「わかりました、社長」

「二度とこういうことが起こらないように、しっかりと目を光らせておくんだぞ」

「彼女に限っては、そういうことはないと思います」

「うるさい! 必ず目を光らせておくんだぞ。いいな」

「はい、わかりました」

突然、事務所の看板女優だった彩香が引退同然ということになってしまった。その後を受けて、売り出し中だった新人の夏海が事務所の一番のゴリ押し女優となったのだ。

その後押しもあって、少しずつだが、一本また一本と、夏海の出演するドラマも増える。主演ドラマが何本も決まるようになると、映画は年に4、5本主演するようになり、コマーシャルも瞬く間に増えた。夏海は名実ともに若手ナンバーワン女優となったのだ。

それから三年後。

夏海とはまったく逆に、できちゃった婚で芸能界から遠ざかっていた彩香には、仕事は全くと言っていいほどなかった。

それでも、結婚二年目に、夫の浮気が原因で離婚をし、一児のシングルマザーとなった彩香には、他にできる仕事がなかった。

事務所でマネージャーが、彩香に仕事の打診をしている。

「今度、このドラマに出てみないか?」

「えっ? これって、主演は夏海じゃないの?」

「そうだが...今のところ、他に仕事はないんだよ。コマーシャルなんか、今の君じゃあり得ないし」

「冷たいことを言うようだけれど、君はもう、アイドル女優じゃないんだよ!」

「私は元々アイドルじゃないわ」

「君はそう思っていたかもしれないが、世の中の男性は、独身の君だから興味があったんだよ。離婚したとは言え、子供のいる女優なんかには興味を示さない」

「馬鹿げた考えだけれども、もしかしたら結婚できるんじゃないか?というファン心理というのが、人気に直結するというのは当たり前のことだよ」

「私は死んだって、夏海のお世話になんかなりたくないわ」

「言いたくないけど、ハッキリ言わせてもらう。今回の件は、向こう側には無理を言ってお願いして、やっと了承してもらったものなんだよ。向こう側は、『いや、もう彩香は使わない』と、首を縦に振らなかったんだが、夏海の口添えがあってね」

「夏海が言うには、『以前、彩香さんに散々使ってもらったから、今の私があるんです。お願いします』と、頭を下げたんだよ。それを聞いて。君はどう思う? いまだにあの娘のことが嫌いなのか?」

彩香にとっては、屈辱的なことだった。立場が逆転しまったことも、夏海に情けをかけられたことも、けれども、同時に、あれだけ酷い事をした彩香にお情けをかけてくれた夏海に、感謝の念を抱いていたのも事実だった。

彩香はその仕事を受け、撮影初日となったその日、久しぶりに夏海と会った彩香は、今回の件について改めてお礼を言った。

「いいの、いいの。気にしないでちょうだい。私は事務所の看板女優だし、あなたみたいなバーターでしか生きていけない女優の面倒を見なきゃしょうがないじゃない。そうでしょう? 彩香さん」

一瞬ハッとする彩香。夏海の辛辣な言葉に驚きを隠さない。

「人生って面白い!面白いよね、彩香さん!」

夏海はそう言うと、

「じゃあね。よろしく、バーターさん。アハハハ」と、大声を上げ、笑いながら彩香に背を向け、

「監督、みなさん、お願いしまーす」と、満面の笑みで挨拶した。

彩香は、これから自分の身に降りかかるであろう出来事を想像すると、一抹の不安を覚えずにはいられなかった。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

この作品は、以前に投稿した短編小説のリメイク作品です。

何故か、このタイミングで再投稿したくなりました。楽しんで頂ければ幸いです。

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