短編小説 『神宮女』前編
かごめ かごめ
かごのなかの とりは
いつ いつ でやる
よあけの ばんに
つるとかめが すべった
うしろの しょうめん だーれ
*
「すべて、お前のせいだ。お前がこんなことさえしなければ......」
村人たちは、籠の中に入った一人の女を取り囲み、口々に罵っています。
「お願い、やめて! 私がいったい何をしたって言うの? あの人の子供を産んだ。ただ、それだけなのに......」
この村では、巫女のゆきが、どこの誰とも分からない無宿人の子供を宿し産んだころから、何人もの人々が流行り病で死んで行きました。
「本当に、なんということをしてくれたんだ。おかげで、何人の村人が死んだと思うんだ。三十人以上が死んだんだぞ。今からもいったい何人死んでいくのか分からない」
そう言うと村人たちは、籠の中に入った年若い女を、竹垣に囲まれた小さな小屋の中に閉じ込めました。
ゆきは、それから食べ物も飲み物も与えられず、そのまま放っておかれました。
雨が降り、冷たい雪が舞い落ち、真冬の凍てつく寒さの中、自分の乳のみ子の身を案じながら、かろうじて生きていましたが、やがて力尽き、むごい仕打ちをした村人たちを呪いながら、
「時が変わる時、お前らすべてに......」と、言葉を残し、息絶えました。
それからしばらくして、この地方では、いつからともなく、こんな歌が唄われるようになりました。
「かごめ、かごめ、かごのなかの......」
*
佳苗は、市内の公立高校のニ年生、部活には入っておらず、帰宅部です。昔からオカルトが大好きで、日本の童謡にも興味がありました。
その中でも特に『かごめ かごめ 』が佳苗の心を惹きつけてやみません。
何故なのか、佳苗は自分でも分かりませんでした。あの歌の意味を色々調べる度に、物語をひとりで想像するのです。
後ろの正面って、誰なんだろう? 色々な説がありすぎて、どれが本当なのかわからないし、事実がそこにあるのかさえもわかりませんでした。
家に帰ると、父の弟の辰おじさんが久しぶりに来ていました。
「佳苗ちゃん、久しぶり!元気にしてた?」
辰は、昔はやんちゃだったたらしく、頬に傷があります。その傷がイケメンのおじさんの顔と相まって、凄みが増しています。ちっちゃい頃から辰は佳苗に優しくて、佳苗は叔父さんが大好きなのです。
「おじさんは元気だよ。まあ、ぼちぼちでんなあ、ちゅうとこか」
辰はいつも冗談ばかりを言います。
「佳苗ちゃん、だけどべっぴんさんになったなあ。もう十六歳になったところ...そうか、昔だったら、もう結婚していてもおかしくない歳だよね」
「昔って、いつよ?」
「明治時代、江戸時代かな?」
「そんな昔の話...今ではもう四十歳近くまでキャリアウーマンとしてバリバリ働いて、それから結婚して高齢出産、また職場復帰という人も多いんだから。佳苗なんかそういう人たちに比べたら、まだまだお子ちゃまよ。おじさんの考え方、古すぎっ!」
「そうなのか?おじさんは、もう時代遅れなんだな。シーラカンスみたいな......」
「そう、シーラカンス、シーラカンスおじさんっ、化石おじさんっ!」
「やめてくれ! おじさんは、まだ気分だけは若いつもりなんだよ。そんな化石って言われたら、本当に何かひからびたミイラになっているような気がするから、もうやめてくれっ!」
「もう、よしてあげる。ところで、おじさん。今日は何しに来たの?」
「ちょっと兄さんにな、お願いがあってさ」
夕食が終わると、佳苗の父、良ニは辰と何やら二人で話がある、と言って外に出て行きました。残された佳苗の母、井子と佳苗は、居間でお茶を飲みながら話をしています。
「辰さん、困ったことになったらしい」母が神妙な面持ちでポツリと溢しました。
「どうしたの?お金かなんかの話?」
「なんかね...おじさん一人で暮らしているじゃない?その部屋にね、出るんだって......」
「出るっって、何が?」
「お化けが......」
「やめてよ、母さん。作り話なんかして、佳苗を脅かすのやめて!佳苗がそういうの嫌いだって、知ってるでしょう?」
「佳苗って変よね。オカルト好きなのに、幽霊はダメだって」
「幽霊とオカルトって別物なのよ」
「そういうものなんだね......」
「...で、それで、そのお化けがどうしたって?」
「そのお化けがね、歌うんだって」
「歌って、どんな歌?」
「あんたが好きな歌よ」
「私が好きな歌って......?」
「かごめ、かごめだよ」
「童謡の?」
「それがね、深夜零時ちょうどになると聞こえてくるんだって。かごめ、かごめって」
「何それ? 変なの......」
「それでね、おじさん辺りを見まわしたけど、誰もいなかったんだって」
「それで、ある日、友達が遊びに来て、零時すぎまで一緒にいたんだって。そうしたら、やっぱり聞こえて来たんだって...かごめ、かごめって。
ところがね。友達にはその声が聞こえないって言うんだって。辰さんにしか聞こえないんだって」
「また、嘘でしょ?」
「変なこともあるものよね」
ふたりは、怪訝な顔色を浮かべ、おたがいに見つめ合いました。
翌日、辰は朝早くに帰って行きました。
それから二日後でした。佳苗が家に帰ると、母が真っ青な顔をして、辰が亡くなったと言います。
辰は工事現場で働いていました。建築資材を運ぶ時に、命綱をつけていたはずなのに、いつのまにか外れていて、資材もろとも足を滑らせて落ちたといいます。即死でした。
辰の葬式が終わり、数日が経った頃、辰の知り合いという一人の女性がやってきました。佳苗に用があると言います。
「あなたが佳苗さん?」
「はい、そうですけれど...どちら様でしょう?」
「あなた知っている? 辰さんが調べていたこと」
「調べていたことって?」
「あなたのことよ」
「私のこと? どういうことですか?」
「あなたはね、この家の本当の子供じゃないの。それは知ってる?」
「ええ......」佳苗は、見知らぬ初めて会う女性からこのようなことを言われて、少し、面食らいました。
「あなたは、あるところに捨てられていたの。それを養子縁組をして引きとったのがあなたのご両親」
「あなたの血縁には秘密があるの。重大な秘密がね......。
それを辰さんは探していたのよ」女は話を続けます。
「辰さん言っていたでしょう?
『かごめ かごめ』の歌が聞こえるって。それとは別にね、辰さん、ある夢を見たんですって。
それが、赤ちゃんを保護する施設の前に、あなたを置き去りにしたひとりの女性のイメージがはっきりと見えたんだって。それで、その人を探していたの」
「その人って、どんな人ですか?」
「それは私も知らない」
「それで、あなたは一体何者なんですか?」
「私はね、辰さんに頼まれたの、悪霊退治をね。けれども、私には太刀打ちできなかった。私はその悪霊に負けて一週間ほど寝込んでいたの。そしてその間に辰さんは殺されてしまった」
「おじさんが殺された......」
「その悪霊に?」
「ええ、間違いなくね。あなた、かごめかごめの歌、好きでしょう?」
「どうして、それをご存知なんですか?」
「辰さんが、言っていたわ。あなたが小さい頃、よく歌っていたって」
「あのかごめかごめの歌が、あなたの血筋と深く関わっているの。ずっと前に、この土地で起こったある事件と深い関わりがある」
「そして、私は辰さんから、彼が亡くなるようなことがあれば、これをあなたに渡すように頼まれていたの。詳しいことは、これを見て頂戴。辰さんが調べたものよ」と、佳苗は一通の封書を渡されました。
まったく要領を得ない佳苗は、その女性の言葉を信じる気にはなれません。
それでも、「おじさんが殺された」その言葉が、佳苗の中で繰り返されていました。
続く
*
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この作品は、以前発表したものに加筆、修正を加えたリメイク作品です。
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