理知を継ぐ者(15) 差別について①
こんばんは、カズノです。
今年の1月、橋本治の『完本 チャンバラ時代劇講座』という文庫が出ました。単行本が出たのが80年代でしたから、ようやくを通りこして「これもう誰も覚えてないんじゃないか?」「誰がいま買うんだ?」ではありますが、うちのこの連載は祝文庫化みたいな意味もあります。河出書房新社さん、あんたはえらい。
さてその橋本治の名前が、今回やっと出てきますね。まあ引用まで『チャンバラ講座』のものかは分かりませんが(彼の言葉はどの本で読んだかほぼ忘れてます)、連載の後半にはばんばん出てくるので、この名前には注意しておいてください。
さて話をもどして、受講生Dのそれです。
【差別語について】
「めくら」という言葉があります。盲人を指す単語ですが、この単語は出版や放送では差別語と指定されていて、本や番組に使うのは禁止されています。たぶんそういう世の流れから、日常一般の会話等でもまず聞かなくなりました。「めくら」つまり盲人のことは「目の不自由な人」と呼ぶようになりました。
ところで、橋本治の本に、この「めくら」について興味ぶかい話があります。
江戸時代、この「めくら」は差別語ではなかったという話です。「封建主義の江戸時代に、民主的な人権意識なんてあるわけないんだから当たり前だろう」「古い時代は野蛮なんだから仕方ない」と思う人もいるかも知れませんが、そういう話ではありません。
江戸期にももちろん差別はありましたが、そういう中で、この「めくら」はフラットな名詞だったという話です。おれの理解ではそうなるのですが、もうちょい詳しく話してみましょう。
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今でいう「目の不自由な人」を当時はふつうに「めくら」と呼んでいたそうです。だから、敬意や親しみを持って望むような場面では彼らを「おめくらさん」と呼んだそうなんです。さらに近しい間柄では「おめく」という言い方が愛称になっていたそうです。
一般的な愛称──「坊っちゃん」を「ぼん」と呼ぶとか、「お嬢様」を「お嬢」と呼ぶような感じでしょう。決まり、ですね。個人名なら「ヒサコ」を「ちゃこ」と呼ぶのが決まってるのと同じです。
近しく親しい目の不自由な人を、江戸時代の人々は「おめくらさん」「おめく」と呼んでいた。健常者と盲人とのそういう付き合いがあったということです。
もちろん、盲目とは、一般的な身体条件とは違っていますから、それを理由に偏見や差別を持たれることもあります。
『座頭市』という小説/映画/ドラマがありますが、これは江戸時代の盲人を主人公にした物語です。つくられたのは昭和の頃で、タイトルは主人公・座頭市(ざとういち)から来ています。「座頭」とは盲人のことで、つまり「市」が彼の名前ですね。「DJ LOVE」「司会の環奈ちゃん」みたいなものです。
さてこの物語で、座頭市は剣の達人として登場しますが、敵対する相手から「おい、めくら!」「このどめくら!」と罵倒されたり挑発されたりすることがよくあります。昭和に書かれた物語だとしても、きっとこの罵倒や挑発は江戸時代にもあったでしょう。
でもこう並べれば分かるように、「めくら」じたいはフラットな名詞なんです。
「めくら」というフラットな名詞が「おい、めくら!」「このどめくら!」になったとき、それは差別語になる。
逆に、「めくら」じたいはフラットだからこそ、「ねえちょいと、そこのおめくらさん」「おう、おめく、おめえ最近どうしてた?」という、親しみを込めた言い方にもなるということですね。