9月になること
東京の夏のにじむような暑さも引いてきて、もうすっかり肌寒い
「季節の中で何が好き?」というのは愚問のように思える。恋はいつでも起こり得るし、我々は常に死と隣り合わせなのだから、一年を四つにぶつ切りしたとてそれらを単に「環境」として評価するにはあまりに個人差がありすぎる。我々は絶えず季節の中に居るわけで、それらを選び取ることはできないがゆえ「朝食に何を食べるか」みたいな議論には収束しない筈だ。
それを踏まえて言うが、私は秋が好きである。
正確には「秋の自分」が好きで、季節としては夏が好きだ。
これは体質なのかわからないけれど(と言うかみんなそうであると思うけど)、暑さからか夏になるとどうしても頭がボケ〜っとしてしまって何も手につかなくなってしまう。それどころか意識が朦朧とし、思考がフェードしていき、自他の境界が青春パンクバンドがこぞって言うところの「アイスクリームが溶けた」様に消失していくのである。
その点寒くなると背筋が伸びる。雪国育ちだからかもしれないが、何かを建設的に考えるには秋か冬が向いている。俺が一番賢いのは寒い時期だ。(お陰で受験本番には強い)
と言うのは個人的な話だが
秋という季節自体の魅力も中々なものである。
読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋、味覚の秋等々
と言われるが、これらの字面を咀嚼するとその漠然としように笑えてきてしまう。
我々は凝り固まった「季節感」に度々苛まれる。
春は新しい一年に向けた日々の忙しの合間に桜の下で酒を交わして焼肉をしたりなんだりしなければならない。
夏はバーベキューだの花火だのに奔走した挙句に「今年も海に行けなかったな」と、まるで何かとても悪いことをした様な思いが、スーパーで買った焼肉用の肉が焼かれすぎて網にこびりつくが如く心のどこかに黒くかたまったまま季節を終えるのである。
冬にしたってクリスマスに1人で過ごすことに対して一種の負い目であるかの様な社会通念が出来上がっているし、そもそも寒くて話にならない。
大体日本人は「この季節にはこれをしておけ」というイメージに行動を引っ張られる節がある。
その点秋の漠然とした優しさは凄い。
「読書の!」と言われてもなんの本を読めば良いのか、または漫画は読書に含まれるか(遠足前の小学生?)はあまり言及されないし、「スポーツの!」と言われてもラクロスだろうがサッカーだろうがウォーキングだろうがルチャ・リブレだろうがなんでもいいのである。
秋におすすめされる事は比較的生活に密着したものばかりで、まとめサイトにオススメされたいくつかの花火大会から一つを選ぶよりは遥かに、我々に対しての自由に満ち満ちている。時期的には忙しいかもしれないけれど、秋だけは我々を急かさない。
紅葉狩りというアイコニックなイベントもあるが、紅葉なんてその辺をほっつき歩いていればお目にかかれるのであまり億劫でないのもいい。銀杏臭いのは最悪だけど。
なんの話だっけ
取り敢えず寒くなってきたので
みなさんご自愛くださいね
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