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Doors 第6章 〜 カマキリ

 毎日毎日"渦"に悩まされていた僕の一番の友達はカマキリだった.人から出る渦の情報に溺れていたので,物静かな昆虫と触れ合うのはとても楽だった.何匹も飼ったけど,忘れられないヤツが一匹いる.仮に名前をKとしよう.
Kとの出会いは特別なものではなかった.ただ,Kは他のどのカマキリにもなかった特徴があった.それは,信頼という概念を持っていたことだ.普通のカマキリは虫カゴに入れると脱走しようと必死にもがく.けれどもKは一切しなかった.それどころか蓋を開けても逃げようともしない.だから僕はKを放し飼いすることにした.そうしてKの住処は僕の勉強机のアーム型スタンドライトになった.
僕らは毎日共に過ごした.一緒に遊んだ.電車の模型に乗るのがKは好きだった.観葉植物がKのお気に入りの"公園"みたいでよく出掛けていた.特に何がある訳ではないけれども確かに幸せは存在していた.あの日までは.

いつものように模型を走らせたり一緒にゴロゴロしたりして遊んでいた.そして事故は起こった.何気なく僕は手に取ったゴルフボールを転がした.意図せず何も考えずに.ふと見ると,その先にはKの姿が.Kはゴルフボールの方を見ているので,きっと避けるだろうと思った.ボールが近づくにつれて時の流れがスローになる.左右に揺れながらボールを警戒するK.危ない!そう思った時には既にKは轢かれていた.真正面から.その一部始終を僕はしっかりと見ていた.
慌てて近くに駆け寄った.腹わたが飛び出していて一目見て絶望的だと分かった.時間を巻き戻したいと心から願った.その瞬間,耳鳴りがした.キーンと高く強い音が鳴り響く.というより,他の音が一切聞こえなくなった.超記憶だ.
 Kと目が合うと,こう"渦"を飛ばしてきた.「何で!?どうして裏切るの!?」今でも忘れないとても悲しい目をしていた.記憶に残る唯一のKの顔.僕はただ,泣くことしかできなかった.音も立てずに.

数日後,Kはこの世を去ってしまった.あの事故以来,これ以外にKに関する記憶はない.土手に埋めたかもしれないし,下手したらそのままゴミ箱にでも捨てたかもしれない.耳鳴りと超記憶だけを残して.

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