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二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 エピローグ(2-4)

「簡単に殺すのが惜しくなってきたわ。今すぐ誰にも知られないように、トリスタナ王国を出てどこかに行きなさい。保護もなく一人で生きる辛さを知るといいわ。もし、イゾラデ王国に戻ろうとすれば、すぐにあなたを始末するわよ。ミレーネが婚約者のルキウス王子に黙って行方をくらませれば、国王と王妃の面子も潰れて、国の信用もなくなるでしょうね。ミレーネは婚約者ばかりか国も失うわけ。想像するだけでいい気味だわ」

「いやよ。私はルキウスさまを愛しているの。黙って姿を消すなんてできないわ。メルシア、お願いだから、こんな嫌がらせは止めてちょうだい。国外追放になったのは私のせいじゃない。メルシアがいけなかったのよ」

「煩い! あなたなんかいなければ、私は唯一の後継者としてみんなの賞賛を浴び続けたのよ。私ばかり悪者にするあなたが、今度は大国の王子と婚約ですって⁉ どうしてあなたばかりが幸せになるの? 私の地位と場所を返して! 目目障りなミレーネ。やっぱり殺した方がすっきりするわ」

 禍々しい紫の炎がメルシアの全身を包む。狂喜を孕んだ瞳がミレーネをひたと見据えた。
―—狂ってる! もう何を言っても通じないんだわ。

 ミレーネが窓の方へと後退ると、メルシアが逃げろ、逃げてみせろと興奮しながら叫ぶ。窓の傍にミレーネを追い詰めたメルシアは、地底を這うような低い声で不気味な呪文を唱え始めた。

 ドンドンと扉が激しくノックされ、勢いよく内側に開く。廊下にルキウスとミレーネの両親が見えた。
「ミレーネ!」
 駆け寄ろうとしたルキウスの目の前で稲妻が轟き、植物の根のように天から伸びた放電がミレーネを襲った。

 キャーッ!
 ガクガクと痙攣しながら倒れるミレーネ。全てが一瞬のことで誰にも止めようがなかった。

 ルキウスが剣を抜き、メルシアを睨みつける。
「おのれ! 私のミレーネをよくも」
 ルキウスが素早く切りつけるが、メルシアはすんでのところで剣を躱し、狂ったような笑いを残して三階の窓からふわりと飛んだ。

「お前に受けた腕の矢傷の仕返しだ。何十倍、何百倍も痛みを、お前の大切なものに与えてやると言ったのを覚えているか? 約束を果たしたぞ」

 黒魔術で落下の速度を落としたメルシアは、階下のバルコニーに着地すると、そのまま木々の上を走って闇夜に消えていった。
 部屋に残されたのは、ミレーネの亡骸の前に膝をついて名前を呼び続けるルキウスと、気を失ったフロリア王妃を抱いて慟哭するフレデリック王。祝いの鐘は弔いの鐘に変わった。

 トリスタナ城を目指す馬車の中で、三年前の衝撃的な出来事を思い出したミレーネは、悲しみが突き上げるまま嗚咽を漏らした。激しく揺れる馬車の中では、唇を噛んで声を抑えることも、飛び散る涙を拭うこともできない。
 雷が落ちる瞬間、ミレーネは母の身体に吸い込まれた。雷に打たれたのは、取り換え魔法を使ってミレーネを護ろうとした母だったのだ。

 イゾラデ国へと帰る馬車の中で、ミレーネは自分の身体で目を覚ました。母がかけた魔法が解けたからだ。父の驚いた顔は今も目に焼き付いている。父は泣いた。国王としての威厳をかなぐり捨てて、母のために、酷い火傷を負ったミレーネのために、顔をぐしゃぐしゃにして大声で泣いた。
 泣き止んだフレデリック王は、馬車と並走する騎乗の近衛隊長に向かって、行き先をフロリア王妃の祖国のグリーンフィア王国に変更すると告げた。
 口もきけないほど弱っているミレーネに、父が優しく語り掛ける。

「フロリアが救ったお前の命も、火傷の範囲が広過ぎて我が国では治療できるかどうか分からない。フロリアの故郷には白魔術の中でも治療に特化した力の強い術師がいるそうだから、そこで静養しなさい。ミレーネが助かったと聞けば、あの憎きメルシアがまた狙ってくるかもしれないから、お前が目覚めたことは公表しない方がいいだろう」

 ミレーネはルキウスに知らせるかどうか聞きたかったが、焼けただれた指で指輪を指すのがやっとだった。
 フレデリック王は娘の気持ちをすぐに察し、首を振った。
「ルキウスにも内緒だ。言えば必ずお前に会いにくるだろうから、隠れ家がメルシアに漏れる恐れがある。ミレーネの火傷が完全に癒えたら、お前の代わりに散った勇敢なフロリアの国葬をしよう。それまで妃の亡骸が朽ちないように保護魔法をかけて、グリーンフィア王国に預けておこうと思う」

「ご…め……んな……い」

「お前が悪いんじゃない。フロリアはミレーネを助けることができて本望だったと思う。憎むべきはメルシアだ。私の大切なフロリアを殺し、ミレーネにも重症を負わせたあの魔女と黒魔術師たちを、私は決して許さない。片端から捕まえてやる」

 あのときフレデリック王が決意した通り、この三年の間で、黒魔術師狩りが行われ、多くの黒魔術師たちが捕まった。
 ミレーネの火傷も背中に少し残っているだけになり、あと少しでルキウスに会いに行けると思った時のこと。治療師たちからの言伝で、ミレーネは、トリスタナ王国の皇太子ルキウスが、新しく婚約者を募るかもしれないと知ってしまった。


次のお話をお楽しみください(*´▽`*)
二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 エピローグ(3-4)|風帆美千琉 (note.com)

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