好きな小説に出てくる美味しそうな食べ物の描写を語りたい

食い意地が張ってることについて自信があります。
物語のなかの食べものに、津々と食欲をそそられるのは、なぜなのでしょう。
それは本能。きっとそう。
生きる糧。文字を食べるがごとく、文字で書かれた食べものも、自分の体の中に取り込んで栄養にしたいと思ってしまうから。
絵本で代表される「ぐりとぐら」のカステラ、「しろくまちゃんのほっとけーき」。ジブリ飯やグルメマンガ、飯テロドラマなど、人の「食」という飽くなき欲望と興味は尽きることがないわけであります。
というわけで、以前から、「好きな小説の中に出てくる、『美味しそうな食べものの描写』を語ってみたいという野望があったので、今回、少しずつ書いてみたいと思います。
……はいっ、というわけで、今回は小説の中の食べものの美味しそうな描写を語ってみたいと思います!(Youtuber風)
食い意地が張ってることに定評のある、食いしん坊のかざえです。よろしくお願いいたします。
そして、ここ何年も140字以内のつぶやきをだらだら流すだけの生活に慣れてしまって、人に読んでもらいたいと思う文章を書こうとするのは久しぶりです。
毎日のように本を読んでるし、一時期は字書きをやってたくせに、自分の文章力があまり自信がないのですが、かんばります。


【闇の守り人】上橋菜穂子

今更私が語るまでもないと思しき、上橋菜穂子先生の傑作ですが。
私がこの作品と出会ったときのことを語ってもよいでしょうか。
初めて読んだ上橋菜穂子作品は、「精霊の守り人」ではなく「闇の守り人」でした。
「精霊」のほうが一巻だとは知らす手に取ったのですが、「闇」という文字に心惹かれたのは明白で、立派に中二病発症しておりました。おめでとうございます、中学生の私。二木真紀子さんの画の表紙の装丁も、とても美しかったのです。しみじみ。
読み始めてまず、世界観に引き込まれずにはいられません。引き込まれずにいられようか!
物語の世界の地図、この世界の独自の言語や、独自の貨幣。そんな風に作りこまれたハイ・ファンタジーにのめりこむのが大好きです。もうたまらん。
本編に入る前に、目に留まるのは<人物紹介>とその次に記されている<カンバル用語集>。
はいはいはい! ここに注目!

<ガシャ 芋の一種。荒地でも栽培できる>
<ラ 乳、もしくはバター。アクセントで分ける。カンバル・ヤギの乳で作る>
<ラガ チーズ。カンバル・ヤギの乳で作る>
<ロッソ 芋をつぶした粉を練り、なかにさまざまな具を入れて、カリッと揚げたもの>

ここがまず最初の「おいしそー!」ポイント。
同様にカンバル用語集の中に羅列されている、ラガール(乳酒)やラコルカ(乳茶)も、ニョッキもユッカも全部おいしそうなんですが、ひとまず力説したいのは、<ロッソ>。
ロッソ!
まだ名前が出てきただけだから、描写ではない。でもなぜか、名前だけでおいしそーって思えちゃうの、不思議じゃないですか。
さて本編。序盤からあっという間に物語の中に惹き込まれる展開、洞窟でのバルサの活躍と意味深な展開をくぐりぬけ、スラ・ラッサル(市場)にやってきた場面です。

***

 バルサは半ナル払って地図を買うと、店を出た。ちょっと歩くと、ぷうん、と、いい匂いが漂ってきた。ロッソを揚げている匂いだ。ロッソは、ガシャ(芋)をすりおろして、うすくのばした生地に、ラ(ヤギ乳のバター)をたっぷり練り込んで、その中にさまざまな具を入れて揚げたものだ。
(略)
 揚げたてのロッソの、カリっと香ばしい外側をかむと、口の中に、溶けたラガの味がひろがった。
(第一章 闇の底に眠っていたもの)

***

た、食べたい……。
読み返してて気づいたんですが、この<ロッソ>の描写、「カリッと」を強調しているように思えるんですよね。揚げたての熱々の、香ばしい<ロッソ>。 
芋をつぶして揚げて……と聞くと、まあ、コロッケみたいなものだな! というのはすぐ想像できるんですが。それにヤギの乳から作ったバターをたっぷり入れたり、<ユッカ>という甘酸っぱい実を入れたりするんですよ。なにそれおいしそう!!!
そうなるともう、私たちが夜ご飯に食べるようなコロッケとは全然別物だなって、それどんな味なんだろうって、無限に味の想像が広がってしまうわけですよ。とんでもない架空の食べものです。異国の料理。
だいたいね、私たち日本人で少しでもアニメや児童文学かじった人間であるならば、「アルプスの少女ハイジ」に出てくる「ヤギの乳、チーズ、白パン」という食べもの
に、無限に夢と空想の味の世界を広げてしまうんですよ。
ヤギの乳のバターやチーズ。どんなのだろうおいしそう。
想像するだけで、最高。
私の中の「おいしそーーー!!!」ポイントが天元突破しちゃいます。優勝。
この<ロッソ>、カッサが武術訓練のあと空腹で、食べたいものを空想する場面にも名前が出てきます。育ち盛りの空腹の少年に感情移入して読んでると、ますます「食べたいなぁ、おいしそうだなぁ」という気持ちがそそられます。
そのあと「第二章 動き出した闇」でカッサは、揚げたてのロッソを大量に買って、たらふく食べたり牧童たちに差し入れしたりしてるんですよ。
「いいなぁ! 私にも揚げたてのロッソください!!」と、叫びたくなりますね。

<ロッソ>の作り方は「バルサの食卓」という公式レシピ本の中でも紹介されています。
レシピでは、<ガシャ>の代わりに里芋を使ってるのがやや衝撃的でした。じゃがいもじゃなかった。
里芋のコロッケは食べたことないけど、おいしいのかなぁ。
「バルサの食卓」を読み返してみたけど、<ユッカ>が何なのかわからない。サクランボのような実をイメージしたけど、ロッソのような揚げ物の中に具として入れて美味しい甘い果物ってなんだろう。柑橘系か干しブドウみたいなものかなぁ。

「闇の守り人」は間違いなく私の中で、ファンタジー世界の架空の食べものの味を空想する、たまらない快感に目覚めさせられた作品の一つです。
ええ、いや、この作品に出会う前から、根っから食いしん坊で食い意地張った妄想癖だったろうことは、確かにそうなのですが。
読みながら、口の中に想像した<ロッソ>や<ラ・ルウ(シチュー)>の味が忘れられないです。読み返すたびに何度も口の中に、空想の味が広がって、異国―守り人の世界の中をバルサと一緒に旅していられるような気持ちになります。最高。

(2023/9/3)


参考文献
上橋菜穂子「闇の守り人」 (2007年 新潮文庫)
上橋菜穂子・チーム北海道「バルサの食卓」 (2009年 新潮文庫)
上橋菜穂子「闇の守り人」(1999年 偕成社)
J・シュピーリ「ハイジ」福音館古典童話シリーズ(1974年福音館書店)
中川李枝子・大村百合子「ぐりとぐら」(1967年 福音館書店)
わかやまけん「しろくまちゃんのほっとけーき」(1972年 こぐま社)

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