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1996年からの私〜第30回(14年〜)トークショーは大変だよ

放送事故⁉ 誰かタオルを投げてくれ

近年はトークショーのMCを務める機会が多く、昨年はプロレス、野球を中心に22回MCを務めました。ここ数年は毎年20回くらいはイベントMCをしていて、過去にはいろいろな事件もありました。初代タイガーマスク開始1分前にゴルフウェアで到着事件。藤原組長始まる前から泥酔事件。TAKAみちのく事故渋滞で遅刻事件…etc。

何があってもイベントをうまく回すのがMCの役目。私のTwitterのプロフィールには「徳光和夫お墨付きMC」とありますが、日本を代表する名司会者からお墨付きをもらったのは、6年前のことになります。

2014年6月、小橋建太プロデュース興行「Fortune Dream 1」(FD)が開催されました。このとき、私は日テレG+の中継の解説を務めることになっていました。大会は小橋さんが選んだ選手、決めたカードで興味深いラインナップ。こうした熱い試合に加えて、トークバトルと題して小橋さんがさまざまな選手(OB)とトークをおこなうというのが大会の二本柱となっていました。

記念すべき1回目のトークバトルの対戦相手は革命戦士・長州力。過去に小橋さんとの接点はまったくなく、どんなトークになるのか予測不能です。当初、このトークバトルのMCは私ではなく、別の方がやることになっていました。他人事なので「この顔合わせを仕切るのは大変ですね〜」なんて呑気に言っていたくらいです。

ところが……。大会数日前になってトークバトルの進行をやってほしいという依頼がありました。聞けば、当初予定していたMCの方が諸事情によりできなくなったというのです。大変な仕切りは完全に他人事だったのに、まさか自分がやることになるとは……。先に引き受けていた解説に支障が出たら困るため少し躊躇しましたが、他に代わりを探すにも時間がないだろうと思い、引き受けさせてもらいました。

通常のトークイベントのときは、基本的にタイムスケジュールを主催者と確認するだけで、事前に出演者と内容の打ち合わせをすることはありません。これは手抜きではなく、前もって話していると、本番で最初にエピソードを話すようなテンションにならないからです。ぶっつけ本番の緊張感があったほうが盛り上がる。これはプロレス関係でも、野球関係でも同じで、内容に関する打ち合わせは一切なし。話題になった話を臨機応変に広げて、つなげていくのです。

しかし、FDは普段のトークイベントとは違います。大会中におこなわれるものであり、お客さんの見方もトークだけを見にきているイベントのお客さんとは異なります。また、生放送もあったので放送事故は絶対に避けなければなりません。このときは、事前に小橋さんと入念に打ち合わせをして、長州さんが食いつきそうな話題をピックアップ。30分は回せるだろうと思って本番に臨みました。

小橋さんと長州さんには共通の話題がないため、何がスイングするかは未知数。空振りしたら次の弾を放つ。これを繰り返せばどこかでヒットする。そんな理想を描いていたものの、革命戦士は一筋縄ではいきませんでした。

小橋さんが話題を振る→長州さんがぶった斬る。私が援護射撃→また長州さんがぶった斬る。小橋さんが次の話題を振る→長州さんがぶった斬る。私が援護射撃→また長州さんが一言で終わる。……開始からこのループで、私と小橋さんが事前に用意した弾はわずか5分で尽きてしまいました。恐るべし、長州力。

残り25分。なかなかのピンチです。箱根駅伝でブレーキしてしまったランナーの残り距離が10キロ以上あるような状態。完走できるのか⁉︎  どんな状況になってもトークを成立させるのがMCの役目。こんなこともあろうかと、私は小橋さんとの打ち合わせでは質問案として提案しなかった隠し玉も用意していました。事前に打ち合わせていない話題を振れば小橋さんも新鮮で話が弾むと思い、切り札を隠し持っていたのです。だいぶ早い切り札投入となりますが、これもやむなし。両者に共通する話題になるであろう、専修大学レスリング部出身・秋山準選手の話題を投入しました。

そこから馳浩さん、中西学選手など、専修大学つながりで少し話が広がり、完走への希望が見えてきます。箱根駅伝でブレーキを起こしたランナーが給水で少し息を吹き返したような状態でしょうか。あと少しだ!と思ったところで、花道にスタッフが立ち、事前に頼んでおいた残り時間をボードで出してくれました(1回目のときはトークなのでと5分ごとの時間経過のアナウンスがなかった。2回目から私がリクエストしました)。

残り時間が表記されているボードを見て目を疑い、愕然としました。

「残り15分」

マジか⁈ 終わった…。まだ半分。もうこれ以上は引っ張れない。放送事故。誰かタオルを投げてくれ…。いろいろなことが頭をよぎりましたが、トークは途中でやめられません。そして私は最終手段として禁じ手を使いました。もしかしたら長州さんをキレさせてしまうかもしれない。それでもやるしかないと腹を決めました

「長州さん、もう少し話を膨らませてもらってもいいですか」

毎回一言でコメントが終わる長州さんに対して、本番中に本気のお願い。お客様は笑っていましたが、これはネタではなく、本音中の本音。質問に対するコメントが10〜15秒ペースだと、とてもあと15分も話を引っ張れません。この私の禁じ手による願いは届き、その後の長州さんの質問に対するコメントは飛躍的伸び、青汁やら、あんこやら、よくわからない話題でなんとか30分完走することができました。

箱根の山登り走りきったような疲労感(走ったことないけど)を抱えながら放送席に戻ると、ゲストとして後半から登場の徳光さんが「見事な仕切りだったね」と出迎えてくれました。

名司会者・徳光和夫さんから高評価

実はこの約1カ月前に徳光さんを初めて取材していました。そのときは野球に関する取材だったため、徳光さんは私を野球ライターだと思っていたみたいで、「佐久間さんはプロレスも詳しいんだね」と関心していました。ここで放送席に戻った小橋さんが、私がかつて週プロの編集長をやっていたことを徳光さんに説明。徳光さんは「それで詳しいんだ。それにしてもあれだけうまく回せるのは大したもんだ。どんな司会でもできるね」と、恥ずかしくなるくらい褒めてもらいました。

のちに演歌の司会に関する取材をしたときには、このときのことがあり、「君は声もいいし、間もいいから演歌の司会をやったらいいよ」と言ってもらいました。「徳光さんのお墨付きですか?」と私が聞くと、「うん。君なら絶対にできるよ」とお墨付きをいただいたというわけです。

それから時を経て2年前から『徳光和夫のプロレス自慢できる話』にレギュラー出演させてもらっています。これも当初は私はレギュラーの予定ではありませんでした。徳光さんが司会、ゲストとしてレスラー関係、タレント関係、そしてマスコミ関係の三者を招くというのが予定されていたスタイル。私は1回目のマスコミ関係枠で出演したところ、それ以降もレギュラー出演することになりました。これは徳光さんが「佐久間くんのところは固定にしてほしい」とスタッフさんに要望してくれたことがきっかけだと聞きました。なんともありがたい話です。

そんなこんなで現在はお喋りの仕事をたくさんやらせていただいています。普段はサラリーマンとして黙々と働いているので、仕事の合間にテレビやイベントにいくときはテンションの切り替えが難しいときもあります。また事前の準備にも時間がかかります。とくに野球の実況&解説イベントは、前日の試合までの最新データをまとめないといけないため、徹夜仕事になります(日中はサラリーマン業務があるため資料作りはできない)。私はタレントではなく一般人なので、最低でもこれ以上ないくらい最高の準備をすることは義務だと思ってやっています。そうした姿勢を徳光さんや、テレビ、イベント関係者の方が見てくれているのだと思います。

喋りの仕事は大変ではあるけど、とにかく楽しい。とくにイベントはお客様の様子がダイレクトにわかるので、とても有意義な時間です。

伝説となっている小橋vs長州トークバトルを乗り越えた私に怖いものはありません。制作仕事とは別に、トークでも多くの皆さんに楽しんでいただけるように今後も精進していきます。8月2日8月9日には2週連続でトークイベントがあるので、お時間のある方は、徳光和夫お墨付きの仕切りをぜひ見にきてください。

つづく

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