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珍獣動物園Vol.3-総長-

「あ。初恋の人にそっくり。」
これが、第一印象だった。
彼が四十路になればこんな感じだろうか?と思いを馳せた。
その人は一番奥の席で、他の人とは少し距離を置いて仕事をしていた。かと言って、皆の話や動向を全く気にしていないのではない。自分の入るべき時には入る。要するに、無駄に他人と群れないのだ。
「この図面描いてみてくれる?」
と、その声は初恋の彼と同じだった。骨格が似ていると声も似るのだろうか?ものすごく驚いた。が、仕事である。すぐさま取り掛かる。すると、また手が止まる。メモとして書かれた文字が綺麗だったのだ。男性で文字が綺麗だとグッとくる。頭が良さそうだ。そして、きっとキッチリとしているのだろう。しばらく、眺めて漸く図面を描き始めた。

残業になると、一回りほど年下の新米君が私を駅まで送ってくれた。もう、若くないので1人で帰れると断るのだが、上司に言われて送ってくれるのだ。気の毒でならない。少しでも話を…と思うがネタがない。それは、彼も同じだったようだ。
「慣れましたか?」
「そうですね。大分。」
「みんなめちゃくちゃな人ばっかりでしょう?」
「そうですか?そこまで見えてないですね。」
「あの人なんて、元総長らしいですよ‼」
若者よ。会話に困ったからとて、人のそんな微妙な話はあんまり知らない人に話さない方が良いぞ。と思ったが、聞いてしまったものはどうしようもない。若者が元総長だと言ったのは、紛れもない初恋の彼に似た字のきれいな彼のことであった。
私の中で“総長”とは『ビーバップハイスクール』に出てくるような、凄まじく短気で怖いもの知らずで…強い。とにかく強い。そんなイメージだった。図面はキッチリ仕上げねば…と身が引き締まった。

私は興味津々で彼の動向を眺めたが、“総長”の要素は見られなかった。むしろ、緻密で論理的、器は大きかった。私の”総長”のイメージが違っていたのかもしれない。もしくは単なる噂話だったのだと思った。
しかし、その年の暮れ、忘年会で彼が”総長”だったことは事実と判明した。
彼の親兄弟はお医者さん揃いなそうだ。彼自身も優秀で、サッカーにも励んでいて、選抜に選ばれるほど有望だったそうだ。でも、バイクに乗ることも同じくらい大好きだったのだと言う。大事な試合の日とバイクで走る日が重なって、当時の彼はバイクを選んだ。追いかけてくるサッカー部の先生の姿が忘れられないと、当時の自分の選択を少し悔やむようにうつむいた。

今、昔の仲間と週末フットサルを楽しんでいる。楽しむというより、本気だと笑った。子供二人はサッカー選手を夢見てスクールに通っている。とてもしあわせそうである。

”総長”なんて大層な呼び名がついているけど、中身は十代の子供である。ガラスの様に繊細で壊れやすい。どんな組織でも、トップに押し出されるということは、人望があるということ。そして、彼は義理人情が厚い人だった。
時々褒めたり、感心したりするが、それはいつもその相手が陰で頑張っているところだった。見えずらいところをしっかり見ていてくれる。そんなとこ見てくれていたんだと嬉しくなる。もう、大好きになる。”元総長”…納得である。
あのロクでもなかった会社の中で、元総長はひと際、紳士だった。

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