ケーキ屋が見えない藪
メールマガジン KISARAGI 投稿中の自由律文「キュビズム的」を、加筆しつつ、まとめていきます。
五月一日(土)
失われたフレームを解体する回覧板に草刈りの音の軽い三冊の本は鉄のレールを滑るぶら下がる
失われたのは貰った時計ではなくてそれは電池で動いている世界の手掛かりか
掛け時計だつた目が時間に係留されて泳ぎ続けてゐる左右バラバラに生活だつた
掛け時計外せば迷子繰り返す小さな穴たくさんあいた白い石蛇口に長いホースを添えて
工場から鳩を潜って蝋梅の角を曲がれば墓地の図書館まで歩くポケットには預金通帳に挟んだ紙幣
向かいの畑は解体済みの温室が腑分けされた状況が農業用水路をうねらせるケーキ屋が見えない藪
六年二組の木札が折れて一番太い文字で書かれた花壇をしきる丸い石の一つ一つに名前があつてね
五月八日(土)
道端をのんのん揺るるマーガレットは東に白い信号の無い交差点のトの角は黄色を西に挟んでいる
知らない草花を知らない鳥が畑へ植えようとしている大勢が到着するいつもの道だ
郵便局までペイブメントを遡上すればロックガーデンに蔦生い茂る木漏れ日は休業中の喫茶室
髪を切る自転車乗りとすれ違いM8のネジと皮剥ぎを求めて走り去る白い犬の輝く駐車場
懸命に並ぶマクドナルドの両側に躑躅の写真はためけば西瓜が出ている
レシートにポイント付与の記載があれば横領だからと混雑するマフィン売場に猫のための草を植える仕事
パスタを茹でる一週間で肉を解凍する間にどれほどの本を読めるのかを夢想する空間
五月十日(月)
平熱はど真ん中に湯量を示すラインが埋もれて小さなアルファ米のスプーン
五月十一日(火)
はつなつの偏頭痛がミニストップを貫くチョコロングを経由してセブンイレブンの雲間
五月十二日(水)
靴底の蓋を開け閉めしつつ機械の半落ちすれば浴室を貯湯しては出湯しつつブレーカーが湿る残留塩素の紫
五月十三日(木)
深部体温下がれば搏けばどこかに打ちあてて寒い羽毛蒲団を飛び立つ鴨を驚かせる深い水路のつもりではなかったのに
五月十四日(金)
潤わない残酷さで黄色に両腕を持っていかれながらケルヒャー高圧洗浄機の洗い出す卑猥なコンクリートにバンクシー
五月十五日(土)
図書館から突き出したフルフェイスヘルメットにバックミラーと空虚な風薫るがらんどうの駐輪場に中型ニシキヘビは昼顔ばかり食む
五月二十三日
父の十三回忌は機械式腕時計をインド空軍モデルだと聞かされグーグル検索すれば榊の葉の色が悪かった梅雨の晴れ間
黴だらけのベルトを斬れば文字盤が妖怪のような赤ん坊のような曇り空を磨いて空気を入れてみる通勤用自転車
ベルトを選ぶ基準は仏間に召集される猫と家族会議に生者代表として出席しつつ豆大福さえ食べられればよいと緑茶パックを用意すれば鎌倉彫の水車のお盆
止まりますね 機械式手巻き時計のネジの巻き方をグーグル検索して探るようにそっと巻き上げればむずかるように反動的な中学一年生と久しぶりの会話もマスク越しで
鎌を三本用意しておけばイシクラゲの蔓延る梅雨の間は長靴に穴が右足の親指ばかり濡れるので竜頭を引っ張りすぎないように気を付けて時刻を合わせればまた止まる時計
時計をつけて過ごせば泉から桶に組み上げてきた水のように同期している波紋
止まらくなれば検温する朝のひとときを巻き上げる四十三回点の竜頭と三十六度三分
休日のたびに腕時計をつける習慣をパイロット仕様ならでは西日を背にコーヒーをドリップスするキッチンに秒針のなめらか
※原点回帰 萩原井泉水句集より 5月30日
星が出てくる砂にソーダ水の椅子(ゆけむり集 由井が濱)
海に赤い旗立てて子供の海にした(ゆけむり集 臨海学校)
井戸掘りすすむ日をかさねけふの初蝉 (ゆけむり集 草取)
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ゆくときは上り坂のナポリタンとかつ丼とが一つのパック
休日をとにかく叩いてゐる床タイルの砕けば響く
休日の職場にメダカの餌をやる課長の踵
葉桜の影に水の斜めなる蛇口を取り換える反射
勝手に点く電灯のスイッチを探す
泉鏡花コレクションは国書刊行会よりのパンフレットにくるむ萩原井泉水句集の見返しに澁澤龍彦と奥付は昭和十二年
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