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暗算の...俳句界編集長  清水哲男

句集「人」p145

暗算の指動きたる春疾風  横山香代子


増殖する俳句歳時記より

季語は「春疾風(はるはやて)」。春の強風、突風のこと。私はコンタクトをしているので、毎春のように泣かされている。目に微小なゴミが入るために、痛くて涙が出てくる。泣きたくはないのだけれど、周囲の人が見て泣いているように見えるのは、不本意だが仕方がない。格好悪い。掲句を読んだとき、もしかすると作者もコンタクトをしているのではないかと思った。そして暗算が得意な人だろうとも。結論から言えば、この句は突風に身構える句だ。その身構えが、決してやり過ごすことのできない相手に対してのように写るので、原因はコンタクトかもしれないと思った次第である。もちろん「春疾風」と「暗算」とには、何の関係もない。が、コンタクトをしていると、歩きながらでも瞬間的意識的に目を閉じることもあるわけで、その状態がかつて得意とした潜在的な暗算の世界につながったとしても不思議ではない。暗算は、目を閉じたほうが雑念が減ってやりやすい。目を閉じて、読み上げられる数字を頭の中にイメージした算盤(そろばん)に置いていく。そして、指は算盤玉を弾くように実際に動かすのである。容赦なく、まさに疾風のように読み上げられ襲いかかる数字をしのいでいたかつての経験が、なかば本能的に春の突風に対しても頭をもたげてきてしまった。他人には理解不能でも、当人にだけはよくわかるとても自然で「不自然な行為」なのだ。そのことに気がついて、思わず苦笑いをして……。そんな諧謔の句であり、局面は違っても、誰にもそうした種類の行為には覚えがあるだろうから、読者の微苦笑を誘うというわけだろう。

「俳句界」(2005年5月号)所載。俳人 
俳句界編集長 清水哲男

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