勇み足で非常口に踏みこんでもさ

今から1年半前、わたしは確実に燃えていた。

2019年新年、不労所得を稼ぐことを夢見た。稼いだお金で遊ぶことに胸をふくらませた。そんな抽象的な話は手垢足垢にまみれているという事実に気づかないふりをして、フルーチェでできている右脳へドリーミーなふりかけをふんだんにまぶした。

そういう夢をかかげたならばまず情報収集から始めればいいものを、足りない頭で世界地図をひろげた挙句、発信するものもないのにブログを書くと決めた。そのころ、ラーメン屋でバイトをしていた。

そして、ただ、月日だけが流れた。ただ、麺だけをゆぎった。

現状なんにもかわっていない。ブログの開設なんかしていない。むしろ状況だけで考えれば悪化した。コロナの影響でニートになって、失業保険をもらうだけの人間になってしまった。若干の借金もあるし。マジでアホ。28歳です。自虐という武装も、やたら板についてくる年齢だよね。

そんな折に、noteに手を付けたのは、暇つぶしの読書がきっかけです。だいぶ前に購入したまま部屋に転がっていたファクトフルネスを読んだ。ひどく刺激的な本だった。グーグルマップで国の所在を確認しながら読み進めた。モザンビークの場所を覚えた。この著者と翻訳者は、心の揺れどころへ矢を射るのがうまくて、そのせいで深く熟睡していた心の実業家が目を覚ましてしまった。
ちなみに最近見た映画の影響で、この子の姿は三島由紀夫に似ている。そうこうして、今まで息をひそめていた「何かをしなきゃ」というくすぶりが、厄介な行動力を手に入れて、具体的な計画もなく突然走り出したわけなのだ。


さて、最も大事なことですよね。一体なにを書くのか。

実はというか、ご存じの通りというか、マジでなんもない。走りながら方向性を決めようかな。そうしないとわたしの三島由紀夫、寝ちゃうんだもん。右も左もまだなんにもないです。そんならやっぱりちょっと、三島由紀夫に似てるって書くのもここで終わりにする。過激な感じを演出したかった卑猥な感性を見せつけてしまってすいませんでした。


以上が、note初日の挨拶でした。これからいろんな話題をわたしの稚拙なたわごとに乗せて社会のすみっこからばらまいていくね。

最後は自己紹介みたいなことを書いて終わろうと思います。以下は推敲ゼロの勢いだけで書いた粗野パーツなのでぜひ物好きな方、読んでいただければ。


かやつく 東京在住 女 28歳 みずがめ座

今後のビジョン→ ビジョンがある人になること

目指そうとしてちょっとかじって中断したもの(時系列)→ 囲碁プロ棋士 / イラストレーター/ 通訳案内士 / エンジニア(Java) / Webデザイナー

好き→ タイピング、音読、映画、内輪ノリ、ウィットに富んだテロップ、犬

苦手→ 面接、継続、根回し、パクチー、タイ風やきそば、夕暮れのムクドリの大群

なぜnoteをかくのか→ 承認欲求を満たしたい。笑わせたい。その反応でわたしが笑いたい。交友関係の中で特にギャルマインドが強いメンヘラかわいこちゃんは、私の言葉で笑ってくれる。長文を書きたい。ただひたすら長い文章ではなく、目で追うのを止められない文章を。携えてきたSNS長年の相棒はTwitter。ガラケーのときから10年やってきた。ほぼ毎日アプリ開いたし、ツイートも15,000ツイートを超えた。一番多かった「いいね♡」は、ディーンフジオカをほめた時の70いいね、10リツイートだ。三谷幸喜監督作品に出演した際のディーンフジオカにわかラブにもかかわらず、ディーンフジオカを真から愛する出会ったことのない人に声が届いたこと、とくにポジティブな反応をもらえたことが、結構うれしかった。直接の知り合いが多いフォロー関係の中で、たまにもらえる「いいね♡」で精神を食いつないできた。もっとほしいな、と欲が張ったとき、気づいたことがある。バズるには、アクティブなフォロー数を増やすには、立ち回り方が完全にちがうのだ。ちがうというか、足りないのだ。大喜利も苦手だ。政治的ニュースにも疎い。絵も描かない。ぜんぶに手を出したが、素人の中途半端で響かないのだ。続かないのだ。そしてわたしは、単純にバズりたいのではなく、怠惰なままバズりたいのだ。140字の世界で明確な目標もないまま、ここまでやってきた。ちがう、ちがくて、きちんとした文章をかいて、できればきちんとしてないのに伝わるエモエモの文章を書いて、愛するメンヘラを笑わせたい、その一心でnoteを書くのだ。

これから達成したいこと→ 語れる分野を見出すこと。わたしといえば〇〇というキャッチコピーを作ること。自尊心と謙遜の心のルームシェアを確立すること。

ストーリーとして一番つたえたいこと→ わたしは誰かのための原石になりたい。消費するばかりの人生だったけど、いよいよ生産したい。人々の生活を支える側にまわりたい。生産の中でもコストのかからない発信の力をつけたい。自分の意見なんてちっぽけで、ほぼ無意味といっても相違ない。だけどそれがいつか野心で燃えるだれかの耳に届いて、それが意味ある原石となるのならば、わたしは意味がないことも、静謐な蚕のごとく紡いでいきたい。これを他力本願といいます。

最後の章、けっこう本音でかいたらわりと自分って気持ち悪いなと気づいてしまって、ちょっと落ち込みました。何も実績ないのに自己肯定感だけ高いタイプって嫌われちゃうよ。このあぶりだしたナルシズムをどうにか悪くない方向に持っていけるように努力します。

あとそして、わたしの文章読んだ人ぜんいんの心が少しでも満たされてほしい。その想いでこれから書いてく。

終わり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?