『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第70回 第58章 「憲兵隊長」セシリア (前半)
それから少し経ったある午後に、ボクは講義の後、図書館の閲覧室で机に突っ伏して眠ってしまった。緊張する夢を見て寝汗をかいていた。セシリアの呪いが効いていたのかも知れない。セシリアだけでなく、実家の爺様まで出てきた(友情出演、のはずない)。何でよー。サーベルを持った海賊たちまでは出演してきていなかった(ギャラの交渉が不調に終わったからか)。夢だから内容は支離滅裂であった。
その夢の中では、セシリアがボクのアパートに初めて来ることになっていた。ハートマーク4つ、交互に激しく妖しく点滅。若いのに心臓病の危険大。手料理をご馳走するからね、と言われていた。セシリアは、東京に向かう電車の中で盛大に炎の上がる料理をしながら、周囲の乗客に命令をしているのだ(ねっ、夢の中の話でしょう?)。ベーコンの匂いがしていた。何の料理だろう。前のデートの時に、プンタネッラとか牛肉のタリアータとか話していたけど、どんな代物か分からなかった。
ところが、あり得ない妨害が入った。10年以上もいっぺんも上京してきていなかった祖父が、学生時代の同窓会に出席すると称して出てきたのである。空港に着いてからいきなり電話をかけてきたのである。困るよ、爺ちゃん、そういうやり方。まさか泊まるつもりじゃないだろうな。寝袋に入れて通路の鉄骨に引っ掛けて蓑虫のようにぶら下げてやるぞ。できたらそのままカラスに持ち去って行ってもらいたい。祖父は本当は旧友らと京都で会いたかったのだが、東京に住んでいる同窓生の方がずっと多くなっていたので、文京区住まいの幹事の専横で東京開催となってしまったのである。京都なら、飛行機でなくて、小樽から舞鶴まで船旅としよう、朝酒をゆっくり飲んで、風呂に入って、また飲んで、と算段をしていたのに、ビジネス客らに混じって羽田に着くことになってしまった。
その祖父が、昔の随分若いころの顔で西荻窪駅に着き、東口(えっ?)から外に出て、大昔の傷心の場所をほっつき歩いているころ(夢の中だから筋がおかしい。四条河原町や百万遍あたりを歩いているのなら分かるが。京はもうどこもかしこも外国人とスーツケースのごろごろだらけでワヤどすえ)、ボクは部屋の中でセシリアとどんな話をしようかと、頭を抱えていた。
すると、彼女は約束より15分も早く着いてしまった。ハートマークがすーっと消え、警戒警報が四方八方から聞こえる。彼女も予定日より2年早く生まれた口だったのか。階段を人が上がる気配もなかったので、ボクの部屋の前に突然ビビビーッと電送されて現れたに違いない。ドアを開けずにそのまま室内にひたひたと浸透して入ってきた。(ここで夢の中だと気付かなければならなかったのだが、無理である)。体にぴったり合ったどこかの国の憲兵隊司令官のものであるらしい濃紺の制服を着て、制帽も被っている。彼女の頭は前後に長い。左右に長かったら風に弱い。斜めに長かったら進化の神秘。長い髪は後ろでお団子にまとめている。と言って、その髪の束は直径50センチもある訳ではない。何年伸ばしたんですか、その髪の毛?
男扱いに手慣れているセシリアは、部屋に入るなりいきなり手を高く上げて、ずっしりと重たい軍用拳銃を天井に向けて何の躊躇いもなく一発「ズドンッ!」とぶっ放した。
「シェー! ダメざんす」
第58章 「憲兵隊長」セシリア(後半) https://note.com/kayatan555/n/n0569c1385ec3 に続く。(全175章まであります)。
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