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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第28回 第24章 高校、すすきの、卒業仮装 (前半)

 ボクの高校の正式名称は、北海道立札幌サファイア高等学校(The Hokkaido Prefectural Sapporo Sapphire Senior High School)という。サファイアの漢字表記は「青玉」(せいぎょく)だから、学校の略称は札幌サファイア高、札幌青玉高(さっぽろせいぎょくこう)で、さらに短く札幌青高(さっぽろあおこう)と表記されることもある。難関大学受験のプレッシャーで生徒が青ざめているからだ(ウソ)。コンサートホールのある公園の中を通ってちょっと距離はあるのだが、下校時に歩いて大通の1駅手前にあるすすきのに行けるろくでもない場所にあったから、ボクらはまだ16歳だったのに高校2年の1学期の中間試験の時から、試験の打ち上げですすきので飲むのには慣れていた。
(いけましぇんねえ、チミたち。マッポにチクリましゅよ)。
 アメリカなら21歳以上である証明ができなければ1滴もアルコールは出してもらえないが、札幌の一部の高校ではこのような違法な慣習があった。先生方も知っていたのではないだろうか。
 顔写真入りの生徒手帳をコピーして、「飲食代金10割引無利子出世払い催促なし」というザル法どころか「枠」のような誓約書を作って店に渡してである。つまり、ぼくらはまだ身長(と座高)の伸びている成長期にあり、稼ぎもない高校生の身でありながら、未成年者飲酒禁止法に公然と違反して、ただ酒を飲み、ただ飯を食べていたのである。
「このエクルヴィス・バター、コクがあっていけますね」
(いけません)。
 それでも、中には義理堅い人間たちもおり、卒業して10数年経って恐らくは生活に若干の余裕ができてから、「お世話になりました」(井上順)という匿名の今川焼きの箱を店宛てに送って寄越すのだそうである。中には平均10万円ほど入っている。だが、包みを解く時の期待に反して本物の今川焼きのこともある。
「あれま。まあいいけどさ。これはどのお茶が合うかな」
 店のオーナーは同じ高校の剣道部のOBで、店内での服装から、丹下丹前(Tange Tanzen)というあだ名だった。ベルギーの人気マンガにTの後にinを続けた名を繰り返した主人公の出てくるバンド・デシネがある。カタカナで書くと同じだが、この丹下丹前の方は、略せば丹丹、ローマ字ならTan Tanとなる。ボクらを依怙贔屓してくれたし、36歳までに投資に大成功して道楽で店を経営していたため、ボクらから1円も取らずに酒や食事を振る舞っていても一向にこたえなかった。まだ何者でもなく、可塑性の高い我々とお喋りができるのが何より楽しいのだそうであった。よく、すすきの交番に感づかれなかったものである。制服のない高校だったから余計目立ちにくかったのかも知れないし、がさ入れがあっても外国からの年少の観光客の振りができる程度の中国語や韓国語やタイ語はプリントで暗記済みであった。ウォー・シー・チュングォーレン。チョヌン・ハングックサラミヨ。コップンカー。
(悪知恵リセないしギムナジウムざんす)。
 中間、期末の試験ごとにこの店に通っても飲酒はばれないで済んだ。みんな、飲んだ後は大通公園のベンチで噴水の飛沫を浴びたりしながら、ほろ酔いを醒ましてから地下鉄の終電で家路についたのである。
 わが校には、昔は雪戦会(Sessenkai=The Snow Citadel Battle)という雪のブロックの陣地争いがあったが、戦後禁止になったままである。確かに危険な面はあるし、ちょうど大学受験の時期と重なるが、なんとか工夫して復活させることはできないだろうか。国自体が新年度を9月1日に移す歴史的な転換を果たせば、この雪戦会のリバイバルを含め、1月、2月は現在より、より理性的に使える時期となろう。その中心は各種のウィンタースポーツである。寒さなんか無視して青と白の世界に飛び出せ。

第24章 高校、すすきの、卒業仮装(後半) https://note.com/kayatan555/n/na67496239a1f に続く。(全175章まであります)。

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