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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第129回 第98章 ヤバい写真にそそのかされ

 その日たまたま通りかかったカメラ部の部室の前に新歓キャンペーン用に制作されたポスターが張り出されており、そこに部員たちの作品が10枚ほど貼られていた。工事現場の廃材を写した一葉、南米のどこかのくどい意匠の教会建築、無名のお爺さんの頭に乗せられたカマキリの頭(その下はどこに置いてきたのか)、スーパーの商品搬入口での積荷点検作業、数色の色鉛筆と絵の具のチューブの作る模様、幼稚園のお昼寝の時間に、ひとり起きたまま遊び場で「富の集積」を計っているらしき片方の靴下がずれ下がったままの子どもの後ろ姿、等々だった。
「へーんなの。次はどの部に行ってみようか。ラグビー部は大変そうだな。英語でcontact sportって言うもんな。脳への衝撃が強すぎる。やっぱりさっきの部屋に戻ってみよう」と思いかけた時に、ボクは足を止めた。
 一番下の方に、気になる写真が1枚掲げられていたのだ。小学生男子たちの放課後のどうでもいい笑顔の写真だった。写っている全員が気楽そうに、おバカそうに、幸せそうに見えた。静止写真のはずなのに、映画のように画像が流れるように動いて見えた。その中から笑い声が聞こえてきて、風も吹いてくる感じがした。ボクは小学生に戻っていた。ボクは思った。
「あのころはまだ父がいた」
 小学校の放課後、か。恵まれた家庭の子どもたちには塾に通ったり無害に退屈に過ぎて行くだけの夕食までの数時間。そこにボクの居場所はなかった。父がある事件により深刻な健康被害を受けていたからだ。そのため、一家はそれまでの平穏な生活が一転して、際限のない不安に満ちた緊迫した日々に変わっていた。そうでない別の小学校生活が送りたかった。
 ボクは名前を知りもしないこの笑顔の男子たちと仲間になりたい、何も心配事もない気楽な子どもの生活がしてみたい、とのほんの淡い憧れから、深く考えもせずに、もっと近くから写真を見ようとしゃがみ込もうとした。するとその瞬間、何かの連絡で急いでいたらしい目の悪い事務官が私の腰にドンとぶつかった(私は徳竹君ではないのにドンとバチが当たってしまったのか)。
「あーっ」
 私は咄嗟に、選挙運動で支援者に頭を下げ両腕を差し出して握手をする候補者のような姿勢で、両手で目の前のドアのノブを掴んだが、生憎鍵はかかっておらず、私は勢い良くそのままドアを押し開けて部屋の中に飛び込んでしまったのだ。
「アウトォー!」
 危うく転ぶところだった。
「あの野郎、ぶっ殺してやる!」

第99章 強制入部 https://note.com/kayatan555/n/n57f0a40304cd に続く。(全175章まであります)。

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