サムライ・ドライバーズ小説版から抜粋「Chapter12『意地』」

高らかに謳うイットウサイの身体から闘気が溢れ出る。黒く、禍々しいそれは今まで一行が体験したことのないものだった。冷たく、硬く、肌に触れるだけで痛みが走るようだ。

「これが、魔王の闘気…?」

豪胆なロクロウタが初めて見せる怯えた表情、エジエノクが叫ぶ。

「ハインツゲルト様!何故?共和国の崩壊を食い止めるため、ウリスの教えで世界を照らすために」

「下らん」

断言するとハインツゲルトの左手から旋風が弾丸のように繰り出される。生術士の技の基本、空弾。エジエノクが最初に教えてもらった技。それが神殿の中央に鎮座する聖なる女神、ウリスの像の顔面を破壊する。

「我が真に信仰するは破壊と混沌の神、ガリア・ルーラー、全ては何もかも破壊するために、この世界も、外の世界も、その武器が魔王、一刀斎なり」

「そんなバカな」

エジエノクが膝をつく、信じていたものが瞬間に瓦解する。疑問を持っていたが、エジエノクの拠り所はウリスへの信仰、そしてハインツゲルトへの信望だったのだ。友の絶望にロクロウタが動こうとした瞬間、イットウサイが目線をそちらに向ける。

動けなかった、見られただけで体がこわばった。この世界に来てからも、前の世界でどんな戦いでもこんなになったことはない、俺は強かったのではないのか?足元には心臓を抜かれたバルキッサスが倒れている。動かねば、友を、救わなければ。

「てめえが何を拝もうが関係ねえけどよ、何でもかんでもぶち壊すってのは、どうにもこうにも粋じゃねえな」

尋常ではない殺気の中、平然と言い放ち、ハインツゲルトの前に惣三郎は立ちはだかる。エジエノクの肩に優しく添えたその手は震えていた。彼も恐れている。だが、そんな自分に負けたくないのだ、それが柳惣三郎という男だ。

「・・・貴様も侍か、ならば来い、魔王としてではなく、武士として相手してやろう、それがせめてもの情け」

「もうこうなりゃ武士とか関係ねえよ、元々俺ぁ百姓の息子だ、禄をもらったことなんざねえからな」

その言葉を聞いたハインツゲルトが少しだけ驚いたように声を上げる。

「・・・貴様侍ではないのか?この世界で力を得られるのは侍のみ、その高潔な精神こそが・・・」

「んなこと知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

裂帛の気合で惣三郎が叫ぶ、その双眸には怒りが滲み出している。

「血とか立場とか関係あるか!俺は俺!柳惣三郎だ!てめえらが何をしてきたか何をしようとしてるか俺ぁ知らねえよ!ただ!沢山の人が泣いて、沢山の人を泣かそうとしている!それを黙ってみてられるほど俺ぁお人好しじゃあねえんだよ!それにな・・・ダチをコケにされて笑ってられるほど大人しい人間でもねえんだ!悪くていう事聞かねえやつにはげんこつで解らせろって、親父に言われてきたんだよ!!」

言うやいなやバルキッサスの力で取り込んだ刀のエネルギーを展開する。惣三郎は何度試しても武器を取り込むことが難しい体質だった。通常の戦士なら5本から10本、どんな脆弱な存在でも3本程度は武器をエネルギーに転換して取り込むことが出来る。しかし惣三郎がこの長い旅の中で取り込めたのは、彼が元の世界から持ち込んできた無名の刀一本だけだった。

それでも惣三郎は負けなかった。グリークスの森で黒い百眼の獣たちに囲まれたときも、ホレイヤの遺跡都市で悪しき凍術士と炎術士の兄弟に狙われたときも、片耳のリドンの罠にハマってそれぞれの声や武器が入れ替わってしまったときも、彼は戦い勝ち続けた。理屈はわからなかった、ただ、彼はおそらく、誰よりも強い魂を持っているのだろう。

「行くぞおっ!ロクロウタ!エジエノク!」

その言葉で呪縛は解けたように心に火が灯る、お前が言うなら。

「・・・砦切りのロクロウタ、推して参るっ!」

ロクロウタが自身の武器を開放し展開する。秘宝の一つ、大地の斧は未だ見つかっていないが、この数年で探し、磨き上げた歴戦の武器たちと技が彼にはある。

「見通すエジエノク、負けませんよ…?」

エジエノクもひらりと体を回転させ、己が周りに魔法陣を多数展開する。

「・・・行け、一刀斎、魔王として、最初の生贄共だ」

もはや目の前にいるのは五賢人が一人、高らかに謳うイットウサイではないのだ。魔王のクラスを持つ、魔人一刀斎がマントをはためかせ、両の拳を開く、圧倒的な質量を持った刀のエネルギーが湧き上がる。

体が動いたような気がした、その瞬間に一刀斎は惣三郎の眼前にまで歩を進めている。

「速い」

そう思う間もなく左右の拳が繰り出される、刀のエネルギーを載せた双拳をすんででかわす惣三郎、その瞬間には既に体勢を入れ替えた一刀斎の蹴りが飛んでいる。人間の可動域とは思えないくらいの柔軟な動き、死ぬ。そう惣三郎が思った瞬間に不可視の壁が展開される。エジエノクの風の壁だ。

「惣三郎!」

叫んだ瞬間に厚い風の壁は蹴りからくる衝撃波で砕け散る。数多の戦いから戦友を守ってきたエジエノクお得意の術も紙切れのように破られる。しかしその瞬間で惣三郎は咄嗟に体勢を整え、範囲から飛び退く。

そのスキを見逃さずロクロウタが襲いかかる、体を独楽のように回転させながら斧の力とともに無数の蹴りと拳を放つ。

「三鈷!文福茶釜っ!」

必殺の技を繰り出すロクロウタ、それを全て受け止める一刀斎。

「刃よ!」

畳み掛けるように風の刃を無数と飛ばすエジエノク、散弾のようなそれは牽制。いなす一刀斎に惣三郎の渾身の一撃が迫る。

「甘い」

震脚と共に拳を打ち鳴らす一刀斎、その衝撃で三人はあえなく吹き飛ぶ。ロクロウタの体から取り込んだ武器たちがボロボロと崩れていく。圧倒的な力の前に防御したエネルギー自体が崩壊し、武器の形に戻り砕けてしまうのだ。

「無事かロクロウタ?」

「半端ねえなこりゃ・・・二~三本獲物が砕けたが、まだまださ」

「目覚めた我は無敵なり・・・」

「でも、届かなくはない」

「あと一歩、もう一手あれば届きそうなんですけどね・・・」

悠然と歩を進めてくる一刀斎、一行が身構える。強がりを言ってはいるがここまで何も通用していない。どうする?瞬きの間にも一刀斎は斬撃を繰り出してくるだろう、考えろ、そして動け。

思考が火花をちらした時、聖堂に異変が起こる。濃密な煙が散発的な爆発音とともに巻き上がる。一刀斎の背後から物陰が見える、速い。気づいた一刀斎の死角をすり抜けるようにその女は走り行く。

「ああっ!もう!だらしねえ所見せるんじゃねえよ!!」

聞き馴染みのある声、人を小馬鹿にしたような、それでいて安心させてくれるような声色。

「やっぱり来たか、お前はそういうやつだと思ってたよ!」

「乗りかかった船には最後まで乗れってね!」

リュカ、魅惑の箱のリュカ。悪党である彼女は一行を離脱したはずだった。バルキッサスの心臓である秘宝「アンタレスの心臓」を持って。

「貴様は?」

「魅惑の箱のリュカ!あんたの心まで盗んであげるわよ?さあおっさん、ここにある財宝全部私が頂くからね?」

その間も一刀斎が迫る、リュカは更に煙幕玉を投げつける、気流に操られて粘性のある煙は一刀斎とハインツゲルトの周りだけを包み込む。上手い、場を読んでいる。風も、人の位置も全て解ってリュカは煙幕を張っている。

「言っとくけどこれは貸しだからね?利子つけて返してもらうからね?解ってるの?」

「わーったわーった!何でもいう事聞いてやるよ!」

「その言葉!聞いたからね!」

リュカがその手に持っていた赤い結晶を投げる。何よりも大切な家族を救えるかもしれない結晶はきらめきながら持ち主の胸元向けて飛来する。

まるで吸い付くようにバルキッサスの胸のリアクターにアンタレスの心臓が収まる。起動音がする。人造の体に血がめぐる。意識が戻る。

「帰ってこい・・・俺たちにはお前が必要だ!」

「あなたが居ないとどうにも面白くないんですよ、帰ってこい!」

「一緒にアイツをぶちのめそうぜ・・・鉛の鏃の!」

生体ゴーレムであり、惣三郎たちの友であるバルキッサスが唸りを上げて立ち上がる。両手足からエネルギーフィールドが発生し、戦闘態勢を取る。

「小賢しい」

遂に一刀斎が迫る。渾身の力を込めてエジエノクが陣を描き、聖堂の床から岩が分厚い壁となって立ち上がる。

「いつも守られてばかりは癪ですからね!たまには思い切りやってください!鉛の!」

斬撃が飛ぶ、粘土のように切り捨てられそうになった瞬間にエジエノクは間髪入れず風の障壁を張る。聖堂を照らしていた篝火が巨炎となって巻き上がり襲いかかる。別系統の魔法陣を同時に展開しての波状攻撃、既に限界を超えたエジエノクは鼻や耳から血を流しながら術を行使している。

「おのれっ!」

余裕と見ていたハインツゲルトが動こうとする。彼も一流の神官で生術にも長けている。魔法陣を描こうとした時、その死角からリュカが迫る。

「おとなしく見ときなよ、おっさん!」

雀蜂のような鋭い蹴りがハインツゲルトに迫る。これを簡易障壁で防御するハインツゲルト。彼もまた手練だ。

エジエノクの波状攻撃が破られる。咄嗟にロクロウタと惣三郎が応戦する。

「おらあああっ!」

「独鈷!一寸法師!」

2つの渾身の拳が伸びる、防ぐ一刀斎。始めて一刀斎の刀が一本砕ける。

ここまで数秒、バルキッサスは全てのエネルギーを攻撃モードに転換していた。

「リミッターを解除、全エネルギーを攻撃に集中。モード変更、工術士モードからHEAD SPINモードへ」

バルキッサスの中でシステムアラートが響く。足元のエネルギーを着火剤としてバルキッサスが矢のように加速する。体を入れ替える。両足を天に向けて大きく広げ、エネルギーの力で超加速する。残像はまるで竜巻のようだ。意思を持った迅雷が一刀斎に襲いかかる。

この時始めて一刀斎が慌てたように見えた。全力で防御に徹する。圧倒的な力場に惣三郎もロクロウタもこれに近寄ることが出来ない。バルキッサスの体が悲鳴を上げる。

「警告、素体損傷度が85%を超えました。即時休息モードに移行して下さい、警告・・・」

アラートが鳴る、しかし止まることはない、バルキッサスは止まろうともしない。ここでやらずにいつ戦うのだ、俺はあいつらを、世界を守りたい、そのためなら・・・!みんながそうなんだ、俺もそうだ。声を出せないバルキッサスは心の中で叫ぶ。彼はもう、機械の体を持った人間だ。

硬いものが砕ける音が響く、遂に一刀斎を守っていた豪刀が砕けたのだ。急ぎ別の武器のエネルギーを展開するが、バルキッサスの回転は止まらない。出した瞬間に砕ける武器たち。そして遂にその両足は一刀斎の体を捉える。

弾け飛ぶ一刀斎、同時にバルキッサスの体も吹き飛ぶ。ロクロウタがそれを支えたが、もう全身がズタボロだ。

「お前こんなになってまで」

それに優しく微笑むバルキッサス。

「だが、やったか・・・?」

「いいや!まだだッ!」

裂帛の気合で衝撃波を生み出す一刀斎。一瞬の油断。リュカがまともにそれを食らう。聖堂の壁まで10メートル近く吹き飛び、石壁に叩きつけられる。

「リュカ―っ!」

「だ・・・大丈夫・・・よ」

大丈夫なわけがない、惣三郎の目から見てもだらりと下がったリュカの左腕が折れているのはわかる。数々の男を魅了してきたその美貌には頭部からの出血がベッタリとまとわりついている。

「下がってろ、いいから!大丈夫だ!」

「でも・・・」

「お前が一番俺らの中で冷静だろ?わかるだろ?」

「・・・ごめん」

自分が戦力にならないと悟ったリュカが聖堂の外へと這っていく。それを一刀斎は覆うともせず、ただ圧倒的な邪気の真ん中でほくそ笑んでいる。

「いいぞ一刀斎!やってしまえ!」

ハインツゲルトが言い放った瞬間、一刀斎の闘気が刀の形となって彼を切り裂く。胴体から鮮血を撒き散らしながら崩れ行く。

「ハインツゲルト様!」

「何故・・・だ?」

「貴様は黙っておれ・・・」

一刀斎の全身から更に禍々しい闘気が立ち上がる。なんだこれは、このおぞましさは、これが魔王というものか。

「この世界に来てから心は死んでおった、だが今は楽しい・・・楽しいぞ・・・もはや世界の破壊などどうでもよい、儂は儂の罪を償おう」

予想外の言葉。

「ウリスの教えも、破壊神とやらも、儂には関係ない、罪を犯したと言うなら償おうではないか」

「じゃあ、もう・・・」

「だがっ!この闘いは!この闘いだけは!我が最後の闘争を!心ゆくまで!強者との闘いを・・・ッ!!」

一刀斎の仮面から涙がこぼれ落ちる、血混じりのその涙は、魔王として覚醒しつつも、剣聖である自分の中で戦っているようだ。

「いいぜ、わかった、最後までやろう、なぁ、ロクロウタ」

「・・・ああ、そうだな、やろう、ご指南頂く!」

「ふたりとも何を言ってるんだ!もう戦う理由なんて無い!」

「そういうことじゃねえんだよエジエノク、こいつが意地ってやつだよ、剣士として、侍として、漢として、人としてのな・・・!おっさんが苦しんでるのは伝わってくる、止められねえんだろ、なら引導渡してやるのも人情ってやつだ!」

「そう簡単に儂が斬れるか?」

「やってみなきゃあわかんねえだろう!」

バルキッサスが動かない身体を起こそうとする、彼も戦おうとしている。

困惑するエジエノクの目線の先にハインツゲルトの遺体が見える、幼い時に貰ったハインツゲルトの言葉が浮かぶ。

「ウリスのように優しくありなさい、大事なものを守るために力をつけなさい」

ハインツゲルトが当時からこの計画を企てていたとしたら、私はずっと騙されていたのかもしれない。あの時の言葉にたとえ思惑があったとしても、それでも、あれは父の教えだったのだ。
大事なものを守るために。

「全く・・・俺にゃあ良くわかんねえなぁ!侍ってやつはよぉ!」

マントを脱ぎ捨て胸を張るエジエノク、それを見て口元に笑みを浮かべた一刀斎がその背後に圧倒的なエネルギーを展開する。

「開放、千変万化・・・!」

エネルギーが姿を変える、数十本の刀が天使の羽のように羽ばたく。

「こいつぁ・・・」

「全部ぶち折って、ぶん殴る!」

刹那、刀が時雨の如く一向に降り注ぐ、回避しきれず全員が被弾する、舞い散る鮮血。

「全力だああああっ!」

エジエノクが全身で舞うように陣を描く、傷だらけのその全身からどくどくと血が流れ出る、しかしそれが狙いだった。そこにあるものを増幅するのが生術士の技、魔法陣を沿うように血が巻き上がる。

「禁術!血の連弩っ!」

エジエノクの血液が石片と混ざり固まる、それを突風が弩として撃ち出す。一刀斎の刀の雨と正面からの打ち合い、命を犠牲にした禁術でも一刀斎を止めることは出来ない。

近距離での弾幕のような術と技の打ち合い、一刀斎は血の弩を防ぎながら戦っているが、エジエノクは防御術を展開する余裕はない、お互いの弾がぶつかり砕け合う、そして術士の身体を刻み続ける。

遂に出血の多さに倒れ込むエジエノク、顔は血を失いすぎて青ざめている。

「エジエノクーっ!」

「まだですよ・・・数は減らしています・・・でもまだ足りない!」

「頼む・・・!」

ロクロウタのその声をきいて頷くバルキッサス、最後に残った力でロクロウタを一刀斎に撃ち出す、自分が弾丸となったロクロウタは更に回転を増していく。

「奥義!金剛鈴っ!猿神退治ーーっ!!」

肘も膝も拳も足も全てを武器としてロクロウタは真っ直ぐに向かう、無数の刃が全身を切り裂く、それでも止まることはない。

嗚呼、はる、吉太郎、ごめんよ。俺はお前たちを忘れようとしていた、辛くて辛くて忘れようとしていた。でももう忘れることなんて無い、声も、柔らかな肌の香りも、触れてくれた暖かさも、全部全部思い出したよ。またいつか、またいつかどこかで出会うことが出来たら、もう一度俺の家族になってほしいと心から願うよ。だけど今は、今だけはわがままを通させてくれ、今は俺に力を貸してくれないか、妻よ、息子よ。

ギャリギャリと刀を砕きながら一刀斎に肉薄するロクロウタ、しかしその勢いが止まる。最後に残った二本、圧倒的な存在感を持つ質量。普通の刀ではない、数十本の中でも群を抜いた大業物、それがロクロウタとバルキッサスの必殺の一撃を受け止める。

ドスっと鈍い音がする。一刀斎の右腕はロクロウタの腹部を貫いていた、もう一本の大業物、恐らくは一刀斎の愛刀であろう、それが拳とともにロクロウタを貫く、力なくその場に崩れ落ちるロクロウタ。

「舐めんなぁぁぁぁぁっ!」

とどめを刺そうとロクロウタに一刀斎が振りかぶった時、惣三郎が渾身の一撃を見舞う。鉈のように振り上げた蹴りが一刀斎の拳とぶつかる。鍔迫り合い。

「やるな小童」

「うるせえじじい!俺は舐められるのが一番むかつくんだよ!」

侍になりたかった。親父も爺さんも百姓で、いつも辛そうな顔をして畑に居た。食えないことも多かったし、たまに炭を焼いたり野菜を持って街に出れば汚いものを見るような目で見られた。

身体も動く方だったし、特別丈夫だった。木の棒で見様見真似で剣術まがいをすれば相手は居なかった。大人になったら見下してきたやつをみんなぶちのめそうと思っていた。侍になれば、誰にも馬鹿にされない、そう思っていた。

ある日、侍というのはなりたくてなれるものではないと知った。侍に取り上げてもらうなら、他の立派な侍たちに見初めて貰う必要があった。戦国時代や江戸も初期なら武芸で成り上がるという道は大いにあったのだろう。だが惣三郎が生まれた今は、剣よりも商売や勉学が出来るものが出世する時代だった。

だが、諦めたくはなかったのだ。偉ぶる事はできないのかもしれないが、せめて立派な漢になろう。誰からも立派と認めてもらえるなら、それは侍で有ることとかわりはないはずだと惣三郎は思うことにした。侍とは立場ではなく、生き方だと思える大人に惣三郎は成長したのだ。

俺はこの旅で仲間ができた、すごい経験もした、これを持って俺は帰る。帰って、立派な志ある、侍のように生きていく、だが、その前に!

更に力を込める、拮抗する力、しかし魔王の闘気は惣三郎を押し出していく。

「名前を改めて聞いておこうか、童」

「俺は惣三郎・・・いや、この世界流で言うなら」

この世界の人は自分の生きざまを表す言葉を二つ名で持つと聞いた。

「世界に抗うソウザブロウさまだああああっ!」

惣三郎に力がみなぎる、この「世界」は魂の強さが強さに直結する世界。過去の憂いを払拭したエジエノクもロクロウタも実力以上の力を出せた。そして惣三郎は願っている、必ず帰ると、その強い思いは力へと結実する。

ジャリン!と硬い音が響く。惣三郎が一刀斎の刀を弾き飛ばす。そのまま攻撃に転じようとする前に一刀斎の強烈な足刀が惣三郎の腹を撃ち抜く。勢いよく吹き飛ばされる、おそらく肋は数本折れた、だが、まだ。

エジエノクの目が輝く、捉えるは弾き飛ばされた一刀斎の大業物、惣三郎はこの世界のどんな武器も取り込むことが出来なかった、だが、あれなら、あの剣聖がこの世界に持ち込んだあれならば。

「バルキッサーーース!あれだーーーっ!」

叫び声に止まっていたバルキッサスが起動する。宙を舞う一本の刀に両手を向ける。鉄の塊は工術士の力で光るエネルギーになる。

「惣三郎・・・そいつだ、そいつをっ!」

必死にロクロウタが叫ぶ、血を吐きながら惣三郎が飛ぶ、バルキッサスが作り出した光の球に飛び込んだ惣三郎の身体に光が吸収される。

「業物、瓶割刀!たしかに預かった・・・っ!」

両腕に刀の力が宿る。空中でありえない軌道変更をした惣三郎が雷のように襲いかかる。

「見様見真似の・・・二天一流だあああああっ!」

一刀斎も必死に残った二本の大業物を盾として展開する。彼も限界が近いのだ、老いた身体を無理やり時の砂の力で生かしていが、この世界は魂の強さが戦闘力となる場所だ。心迷う一刀斎には限界があった。

ぶつかる力、砕ける刀。弾けた一刀斎の身体を惣三郎の2つの手刀が切り裂いていた。



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