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邂逅03


肥沼亮平という男は面白い。
まず、プリンの綺麗なおかっぱ頭、緑の上下ジャージ、便所サンダルで全身を揃え、
そこになにか存在しているかのように虚空を目で追いながら、ガニ股で飲み屋街を闊歩する姿は本当に意味がわからなくて最高である。
二週間前なんかは「清水さんに、見捨てられたら、オ、オイラは、ドアノブに縄、をひっかけて、し、死にます。」というボイスメッセージを深夜2時3分に突然送りつけてきた。
彼はどこまでも私を楽しませてくれるし、飽きさせることがない。
物事の捉え方が独特なのか、一般的な感覚であれば被害者ぶるべき時に加害者ぶり、加害者ぶるべき時に被害者ぶるところなんてもう傑作だ。
彼に酒を飲ませるとこれまた面白い。
基本的には内罰、自己保身、女子高生への私怨、コンビニおにぎり、筒井康隆、女体への愛憎などなど…極めて要領を得ない話をつらつらと聞かされる。
しまいには「し、清水さんはねぇ、本当はオレのことを、イ、イチミリも、理解しちゃあいないっ。いつかねぇ、オレは、あんたを超えて、その安っぽいプラッチックのお面を、叩き割ってやりますよ。ええ。本当に。」と急に敵意がこちらに向いてくる。
あれほど有意義な時間はない。
あと、なんと彼はじぶんのことをちょっとかっこいいと思っている。この前提が本当に本当に本当に私を幸せな気持ちにさせてくれるのだ。
ここまで言うとしっちゃかめっちゃかな人間だが、実はそうでもない。と私は考えている。
精神こそ間違いなく病気だが、彼の中には間違いなく一本の芯がある。彼自身が、人生の中で思慮を巡らせて築き上げた一本通ったしっかりとした芯だ。
本来の肥沼亮平は極めて理性的な人間である。
なので私は肥沼亮平が嫌いじゃない。

三橋真琴という男もなかなか面白い。
肥沼亮平に比べたらエピソードの強烈さは劣るが、秘めたる危うさ、素質に関しては彼の方を高く評価したい。
まず彼は自分自身をピエロかなんかだと思い込んでみんなと話している。もちろん彼はただの20歳専門学生で、世間のことを何一つ理解していないクソ・ガキなのだが、その本来の彼と彼が持っているであろう理想像の乖離が見ていて涙を誘う。本当に大好きだ。
ところで、私は「現代版カスの三大欲求」というものを提案したいと数年前から考えている。
今ある候補が、自己破滅欲。自己顕示欲。差別被差別欲。
造語が混じっているのは一旦置いておくとして…何を隠そう、これに自己顕示欲を入れようと思ったきっかけは真琴くんである。
私は先ほど、本来の彼と彼の持つ理想像の乖離について書いたが、元来彼はメタ認知能力は高い方だ。と思う。自分の道化師ムーブがクソめんどくせぇ自己顕示欲から来るものだとちゃんとわかっている。それが周囲からはダル絡みだと捉えられていて、そのせいで友達が少ないことも理解している。
真琴くんは頭は決して悪くない。
だったらメリットがない行為は金輪際やめてさっさと素直になればいいじゃん、となるのだが…
一番肝心なそれができないのが真琴くんの真髄だ。
本当はわかってるのに、わかっていないふりをする。できないことをできるふり。できることをできないふり…。平気じゃないのに平気なふりもする。いつまで続くんだろう。次彼に会うのがとっても楽しみだ。
私は三橋真琴も嫌いではない。







藤村章司は…



藤村章司とは、たしか一年半ほど前に真琴くんからの紹介で出会った。

常識に当てはまらない変な人が大好きだ、私とは違った考えを持ってたら最高だという私に真琴くんがこう言ったのだ。

「それなら面白い親戚がいます。清水くんとは正反対です」

私はとあるビルの二階に入っている、シックボーイという小さなバーに連れて行かれた。内装もごちゃごちゃと色んなコレクションがあって面白いらしい。同じく知り合いであるという肥沼亮平も同行した。
行きの間、真琴くんは私と藤村章司が出会うことでどのような化学反応が起こるか楽しみにしているようだった。

ビルに到着。階段を登り、重い扉を開けるなりまず「変」という文字が頭に浮かんだ。天井からは電球?が垂れ下がっており(ストリングライトというらしい)、照明はそれだけ。正面にごちゃっとしたバーカウンター。
店内は大小様々な本棚で囲まれており、懐かしい漫画や謎のフィギュアが綺麗に並べられている。壁には美少女、昭和のグラビア、知らんバンドのポスターなどがベタベタと貼られている。
そして何やら聴き覚えのある音楽が流れているな思ったら、亮平と真琴くんがかつて組んでいたバンドの曲だった。(いつも章司くんが個人的に好きな曲をランダムに再生しているらしく、偶然私がきたタイミングでこの曲になったらしい。)

そんな統一性のない空間から派手な大男が「あ、いらっしゃ〜い!待ってたよ」と上擦った声で出迎えてくれた。藤村章司だ。
真琴くんとは兄弟のような距離感。特に私の弟子は随分と可愛がられているようだった。
私のことも歓迎してくれる。女と認識したらしく「清水ちゃん」と呼ばれる。

タトゥーにピアス、背中まで伸びた襟足など、「個性的だね」と形容されがちな見た目の彼。
並んでみるとちょっと怖いくらい背が高くガタイがいい。が、本人の人柄は極めて柔和。
ネット上では自撮りやメイク動画などでちょっぴり有名らしい。確かに目鼻立ちは整っており、鼻筋の滑らかさやまつ毛のフサフサした感じは人形を想起させる。某動画サイトのチャンネル登録者数は七万人。

終始して、おっとりとして気配り上手な、余裕のある大人の男性という感じ。

しかし、真琴くんはこの男性のどこを「私と正反対の面白い男」だと考えたのだろう。
話してても特にとっかかりがない。趣味は料理と音楽鑑賞と雑貨集め。最近はバスボムに夢中とのこと。キラキラするやつ、泡がモコモコするやつ、色々試すらしい。
店内に飾られている珍奇なフィギュアやポスターなども彼自身のコレクションらしい。
家に猫が二匹いる。名前はぽてちとはむち。

おそらく丁寧で綺麗好きな人なんだろう。目に映る全てを楽しめるタイプ。話を聞いているだけでいろんなことに納得がいく。聞けば聞くほど解像度が高まり、「春にはお花見して、夏には海水浴、秋には紅葉とか絶対見にいくタイプでしょう?」と聞くと「あたりー!何でわかるの?」と手を合わせて喜んだ。

何だかつまらない。
藤村章司はこれだけの人間なのだろうか。

もっとこう、私の大好きな亮平くんや真琴くんのように、到底理解し難い部分、相反する感情、無駄なプライドとか、ないんだろうか。非効率な生き方とか、しないんだろうか。してほしい。

いや、真琴くんが言うのだから何かあるはず。藤村章司の言動を細かく分析するモードに入り始めたところで、肥沼亮平がただ一言「うんこ」と言い放ち、席を外した。



すると藤村章司が私たちに顔を近づけて、声のトーンを落として話しかけてきた。

「清水ちゃんって人のことなんでも見抜けちゃうんだね。占い師みたい。」

どきっとした。

顔を近づけられたからではない。私が実は占い師だからでもない。

藤村章司が声のトーンを落とし、小声になった瞬間、こう感じたのだ。

私は、既に彼を知っている。

どこかで会っただろうか。どこかで彼の動画を見たことがあっただろうか。

思い出せない。

生憎私は記憶力は決していい方ではない。なんならこの頃は加齢のせいか並より下だ。
思わず仮面を被る。そもそも何故彼が声を低くした瞬間に…?
とにかく、思いがけないタイミングでペースを乱された。
このことはまた後で考えればいい。今は彼との現在進行形でのコミュニュケーションに集中する。

…それにしても、占い師とかいう例えが気に入らない。たぶんボキャブラリーがそれほど多くないのだろう。


「俺が亮平のことどう思ってるかとかもわかっちゃったりする?」

隠しているつもりだったのか。

「章司さん、この野郎はただの文筆家ですよ」

真琴くんがフォローを入れてくれた。
が、藤村章司はお構いなしだった。

「亮平は俺のこと、全然本気にしてないみたいなんだよね。この前もかわいーって言ったらうるせーって適当にあしらわれちゃった、まぁいいんだけどさ。でもサイテーだよね。」

「清水ちゃん、清水ちゃんはさ、どうすれば亮平が俺のこと見てくれるのか、分かったりする…?」

…なんだそりゃ。

藤村章司は、あれだろうか…今となってはあまり好きな言葉でないが、所謂恋愛脳と呼ばれるやつなんだろうか?マコトはその部分を正反対だと言っていたんだろうか。
それにしては、こう、要素が薄いような。何かに欠けている。そう、正反対と言うには決定的でない。

しかし、やはりこの感覚…絶対にどこかで私は体験した。
恋愛や性愛に振り回されるタイプの人間と真剣に向き合った過去が私にはある。

私は元来恋愛感情や性的欲求が他人に向くことはない。だが、これらの感情を最優先とする人々はたくさん見てきたし、
寧ろその方が多数派なんじゃないか、「普通」なんじゃないかと勘繰り、不安を抱えていた時期もあった。
恥ずかしながら、いわゆる恋愛脳と呼ばれる人々を馬鹿にすることで疎外感を誤魔化していた時期も、若い頃はあった。

話が逸れた。

…だめだ。あと一歩の所で、思い出せない。
無理だやっぱり今は諦めよう。それにこういったもどかしい感覚は初めてではない。私は人と関わりすぎたんだ。それによる弊害だ。
一番に考えられる可能性としては…
二十代半ばの頃、私は当時流行していた音声チャットサービスで、無作為に相手を選び、会話をするのに没頭していた。
男、女、それ以外、様々な年齢や立場や嗜好の人々とひたすら会話をした。趣味や時事などの他愛もない話から、その人が家族にも打ち明けられないような秘密の話まで。一日の半分はそうしていた。それを毎日やっていた。三年ほどそうしていた。おそらく数千人はいっていた。
その中にいただろうか?
彼に当時音声チャットをやっていたか聞こうと思ったが、それで「やっていない」などと言われたらますます迷宮入りして夜眠れなくなる。

私が言い淀んでいると、亮の字がうんこから生還した。
藤村章司はぱっと顔を離し、照れくさいのを誤魔化すようにその辺のコップを手にとったり縁をなぞったりしていた。何だそれ。少女マンガのキャラクターか?

藤村章司、藤村章司か。

最初は肩透かしを食らった気分だが、やけくそで興味が湧いてきたな。
私は彼と連絡先を交換した。よし、次の研究対象はこいつにしよう。
そうと決まれば気分がいい。ソフトドリンクで済ませる予定だったけど、せっかくだから一杯だけ藤村章司に注いでもらおうかな。


そこから数時間記憶がない。




何とか家には自力で帰れたらしい。
朝起きたら右手に肥沼亮平のものであろう金と黒の髪の毛の束、左手には三橋真琴のものであろう紫がかった銀色の髪の毛の束を握っていた。引きちぎってしまったらしい。

あの二人はいいとして、藤村章司にも迷惑をかけてしまったかもしれない。
メッセージアプリで謝罪をすると2分で既読がついた。

「全然いいよ〜☆〜(ゝ。∂)面白かったしまた四人で飲も!清水ちゃんまた恋の相談聞いて〜❤︎」

乗り気、もといムキになった私は藤村章司の生態を探るべくシックボーイに通い詰めるようになった。

藤村章司も、私が来店すれば嬉々としていろんなことを相談してくる。

亮平に尻がでかいと言われたがこれは褒め言葉なのかそれとも貶しているのかとか、
赤いマットなリップが自分には似合っていると思うが、今度お出かけする時に少し冒険してラメの入ったグロスをつけてみたいのだけれどどう思うかとか、
興味のない男に口説かれていて、もう2度と連絡が来ない断り方をしたいのだがなんと言えばいいのかとか。

私を何だと思っているんだろう?ここがバーなら一般的には逆じゃないか。
分析に役立つからありがたいものの、これでは私が質問する余地がない。まさかまだ占い師だとかその類だと思われているんじゃないだろうな。

私は只のしがない物書きであってだね、なんでもわかるわけじゃないのだよと再三説明しているものの、「でも清水ちゃんの言うことならなんか安心感ある〜」と、収集癖を発揮しいちいち私の回答を録音までしてくる。私の言葉なんてそんなに過信するものではないと伝えるも「自信持って!」などと返される始末である。なんなんだこいつは。
その収集癖はいつからあるの?最初は何から集め出したの?と聞くと、「わかんない」と言われた。わかんないなら仕方ないね。

どこかぎこちなさはあったが(もっとも気まずく思っていたのは私だけだと思うが)、それでもなんとなく交流は続いた。

以下、印象に残った会話やエピソード。

藤村章司は、度々急に無言になり変な目でこちらを見てくる事がある。目を細めにっこりと笑いじーーーーーーーとこちらに視線を送ってくるのだ。頬杖をつくパターンもある。
それ何?と聞くと、「慈しんでる」とのこと。
シンプルに怖い。見た目が強めなので初見でそれをやられると取って食われるんじゃないかと思う。その事を正直に言うとほんの少し落ち込んでいた。反省。
その後観察すると亮平やマコトだけでなく他の常連にもこれをやっていた。

藤村章司は、酔っ払うと普段の様子より輪をかけて感情的になる。俗にいう女性言葉が増え、恋愛トークにさらに火がつく。
藤村章司の夢は、毎日「かわいいよ」「綺麗だよ」と言ってくれるイケメンと結婚し、二人で暮らして、毎朝お弁当を作ってあげて、夜はお味噌汁(赤みそ)を作ってあげて、休日はご飯を食べに行ったり映画を見に行ったり服を選びに行ったりすること、らしい。おい、亮平はどうすんだ。
しかしこの国でもさっさも同性婚が認められればいいのだが。

藤村章司は音楽が大好きだ。
ライブハウスにはかなりの頻度で足を運んでいるらしい。
しかし自身の図体の大きさを案じ、誰の邪魔にもならないように、全席スタンディングの会場だと一番後ろで眺めているらしい。
そのことを語る藤村章司は少し切なそうだった。
君は顔が整っているし頭一つ抜けるほど背が高いから、後ろにいてもメンバーから認知されているだろう、と言うと彼はすこし変な顔をした。

藤村章司の上腕には、男性同士がキスをしている絵柄のタトゥーが彫られている。
母親にカミングアウトをした後に彫ったとのこと。その時の彼は20歳だった。自分の人生を堂々と生きる、的な意味が込められているらしい。
「まだそんなふうに生きれているかは分からないけど、この刺青が目に入るたび背筋が伸びる」と語ってくれた。
私は今までも刺青の入った人間とは何度も関わってきたが、こういった経緯や込めた思いをしっかり聞く機会は少なかったな。自分から積極的に話してくれる人がそもそも少ないし。



これらの研究結果をマコトくんと某激安イタリアンで食事をした際に話した。

するとマコトくんはパスタをフォークで丸めながら
「清水くん、章司さんのことがよっぽど可愛いんですねぇ」

と、目も合わせずに言った。声色はどこか嬉しそうだった。

ここでようやく分かった。

私は、私が気づかないうちに章司くんのことを大層気に入っていたらしい。

章司くんは真っ当に心が美しく、私が必死に見抜こうとしていた彼の黒い腹の底はそもそも無いものだったのだ。

結局、最初に出した結論と同じになった。章司くんは「あれだけの人間」だ。表に出ているものが全て。あの笑顔と言葉に嘘偽りはない。

だがあの時の肩透かしを食らったような気分にはならない。
代わりに彼を試すような行動を取ってしまったことへの罪悪感。
そして、今度は難しいことは考えずにシックボーイに行きたいな、などという数日前の私が知れば拍子抜けするほどの純粋な気持ちだった。

ついでに、ある一人の男についての疑心だ。

そう、肥沼亮平。
章司くんからのラブコールをコソコソと躱し続けているらしいじゃないか、あのネズミ男。あまりにも不誠実だろうが。

こういうのは往々にして、なるべく早い段階で断るなら断る、受け入れるなら受け入れるとはっきりさせておくべきと私は思う。だらしない関係を避けるためだ。
それができない優柔不断さが亮平くんらしいと言えば亮平くんらしいのだが。
今度ガツンと言ってやろうかな。お節介かな。
じゃあ時間をかけてチクチク言っていけばいいか。

私は章司くんとの交流を続けた。

そういえばタトゥーを見せてもらった時、左腕に描かれたムカデと薔薇にうっすらと、白く残った傷跡が細かく刻まれていた。
おそらく何年も前のものだ。だから肥沼亮平のせいでできたものではないにせよ、当時は一体どこの誰によってその腕にされたんだろう。

彼の家に上がったこともある。ぽてちとはむちがいた。彼の作るカルボナーラは美味しかった。

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