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【 クライ・マッチョ 】 感想vol.077 @MOVIX八尾⑫ 22/1/22

21/米/シネスコ/監督:クリント・イーストウッド/脚本:ニック・シェンク、N・リチャード・ナッシュ/撮影:ベン・デイヴィス

監督生活50周年記念、そして通算40作品目となった、2022年で92歳になるイーストウッドの最新作。多作ゆえに、その全てを追い切れてはいないけれども、作品毎に毛色の違いを示せる演出手腕には、年老いてもなおハリウッドの最前線で活躍する男の、誰にも真似できない矜持というものを感じざるを得ない。
疎まず、弛まずに映画に人生を捧げてきたイーストウッドから、何か生きるヒントを得られるのではないかと思い、観賞に至る。本作はには、同名の原作小説があるらしいのだが、当然未読。

ストーリーについて。
アメリカはテキサス。かつて、ロデオ界のスターであった、マイク・マイロ。しかし、落馬事故で大怪我を負い、一線を退くことに。落ちぶれていった彼は、家族とも離散してしまう。その後は、牧場に勤め、馬の調教師として、細々と孤独な暮らしを送っていた。時は流れ、1980年。かつての雇い主から彼は、一つの依頼を受ける。それはメキシコにいる一人息子であるラフォを、別れた妻の元から引き離してアメリカに連れてきて欲しいというものであった。国境を越えての誘拐スレスレのその内容に、初めは難色を示すも、牧場主から受けたかつての恩義を忘れていないマイクは、その依頼を引き受ける事に。メキシコに向かい、吞んだくれの商売女じみたラフォの母親と出会い、居所を問いただすマイク。彼女の手には負えない程にやんちゃな性格であるらしいラフォは、闘鶏場に入りびたり、ストリートで暮らしていると答える。闘鶏場に訪れたマイクは、ラフォとその相棒の雄鶏、マッチョと邂逅する。父親が呼んでいるということをラフォに伝えるも、両親の愛情を信じられず生きてきた彼は、アメリカに行くことを渋る。マイクが、現在の父親は大牧場の経営をしていて、何百頭もの馬を抱えているという事を伝えると、ラフォは素直に驚き、マイクと共に父親の元へ向かう事を決意する。その道中、母親が放った追っ手や、メキシコ警察の追跡に見舞われ、二人の前に、様々な困難が立ちはだかる。偶然に立ち寄った街のレストランでマルタという未亡人の女性に出会う。彼女の献身的な振る舞いにマイクとラフォの心は揺れ動く。テキサスに戻るべきか、それともこのままこの街で暮らすか。しかし、ラフォを連れて戻るという事が、マイクには破る事の出来ない約束なのであった。ようやく米墨国境へと辿りついた二人。ラフォは相棒のマッチョをマイクに託して父親の元へ。マイクはアメリカに戻ることなく、マルタと共に暮らすのであった。

コーポレート・アイデンティティから流れるカントリー音楽に思わず笑みがこぼれてしまった。
本作の大筋としては、老人と少年がメキシコからアメリカへと向うロードムービーである訳だが、特段劇的な変化が起きる訳でもなく、淡々と物語が進んで行く映画であった。刺激的というものからは程遠く、静かでのんびりとしている。しかし、これは悪い表現ではない。芳醇なのである。確かに緊迫した場面もなく、展開に面白みはないが、醸し出される雰囲気が味わい深いのである。
構図やカット割りも、決して奇を衒わず、オーソドックスそのもの。冒頭の画面奥から中央へとやってくる車を、クレーンダウンで撮影しているというのが顕著な表れで、いかにも古き良きアメリカ映画らしいな、と嬉しくも思えた。不要なことをせず、物語に寄り添うように計算されたカメラワークに、違和感を覚える瞬間は一度も訪れなかった。これぞ、老練の技というものではなかろうか。

今作も主演を張ったイーストウッドであるが、役どころとしては、60代くらいを想定しているのだろうけれど、ちょっとヨボヨボ感が否めなかったのが残念。確かに、欧米人特有の年齢不詳の外見があるので、とても90歳には見えないのだが、動きのよたつきに、軽いアクションシーンなどでは、大丈夫かな?とヒヤッとしてしまったりもした。
それでもやはり、言葉の重みというか、酸いも甘いも嚙分けてきた男の口から吐き出されるセリフが、全身に染み渡る様に感じられる。誰しも若い頃は虚勢を張りたくなるものだ。だがそれは意味のないこと。もっと素直に生きた方が、人生は楽しくなるものなのだ、という事を、改めて教わった様に思う。私もついつい男たるやこうでなければ、と思い勝ちな性格なので、もう少し柔和に物事に向き合える様に精進したい。

マイクの最後の恋のお相手となった、レストランオーナーのメキシコ人女性なのだが、にっかりと笑うその表情がとても印象に残っている。誰に似ているのだろう?と思ったら、ケイト・ハドソンにそっくりじゃないか。笑い顔が可愛過ぎるのだ。女性にとっての笑顔というのは、化粧以上に効果があるものだと思い知らされた。言葉が通じなくとも、そりゃマイクもイチコロだろうて。

なんら感想とは関係ないけれども、映画のラスト、国境線近くで起きた当然のカー・アタックに、思いがけずに全身が脈打ってしまって、何だか恥ずかしい気持ちになってしまった。

ゆったりと車で走る一本道。荒ぶる野生馬であったが、次第に穏やかになる、その瞳。メキシコの乾いた大地に巻き起こる砂埃。派手さはないが、反芻する度に意味の強度が増すような映画であった。

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