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読書会『風琴と魚の町』 リポート

半実録Bゼミ読書会 

リポート:栗原良子

Bゼミは、詩人正津勉主宰で、およそ30年間、月一度継続している自由参加の読書会です
当初は高田馬場界隈で会場を借りて実施されていましたが、2020年コロナ期より、毎月最終金曜日の夜に、リモートで実施。
様々な文学作品から、時代や民俗の読解、参加者の率直な感想が聴ける貴重な機会になっています

半実録第1回

課題 林芙美子『風琴と魚の町』
(2024年3月29日(金)6:30~8:30)
※源氏名・性別・年齢はリポート筆者による適当表示、発言はメモから起こした概要であることをご了承ください 

チューター まず林芙美子の年譜を、本日のテキストに合わせた部分を中心に簡単に紹介します
明治36年(1903年)山口県下関で生まれる
どちらも行商をする父21歳、母35歳の私生児として出生
明治44年 母と20歳年下の沢井と共に、フミコ家を出る。8歳。北九州を転々とし、小学校も変わり続ける
大正7年(1918年)15歳。働きながら尾道高等女学校に通い、図書室で本を読む
大正11年 19歳。女学校を卒業し、大学生岡野軍一を追って上京、雑司ヶ谷で同棲
大正15年(昭和元年・1926年)23歳。一時尾道に帰り、『風琴と魚の町』を執筆
画学生手塚緑敏と結婚
昭和7年 29歳。鰊船でロンドン、パリ、上海とおよそ半年の一人旅。夜盲症になったほど困窮を極めながらの海外旅行だった。
―――活発な執筆活動続く
昭和16年 38歳。新宿区下落合に新居を建てる(現在の区立林芙美子記念館)
―――活発な執筆活動続く
昭和26年 48歳。『めし』執筆中。帰宅後心臓麻痺で死去。過労死といわれる。
多くの参列者があふれたという。葬儀委員長は川端康成。 

チュータ― 林芙美子が38歳で建て、そこで亡くなったた自宅は現在区立の『林芙美子記念館』になっています。芙美子本人が京都の建築や木材を研究して、山口文象に設計を依頼した、ユニークで実質的な家屋で、庭も広く、アトリエが心地よい。入館料金150円で、おすすめの場所です。  

正津勉  この作品は今までのゼミでもとりあげたかもしれないが、好きな作品で、林芙美子のベスト、と思っている。彼女はアナーキストの詩人としてデビューしており、大変な時代に働いて作家になった。先月のテキストの佐多稲子はいわば高級女給であったが、林芙美子は底辺の女給であったともいえる。
自分はこの作品を追って、尾道まで行ったことがあるのだが、作品場面を彷彿とさせる、そのままを感じる町であった。
ハッシー♂(70)
彼女は行商人の環境で育ち、自由で、生まれついてのアナーキストだと思う。ウーマンリブを体現して、男女関係も自由だが、元の男に戻る。
戦時中は陸軍とも関係して前線にまで行ったが、米軍から弁当をもらったことなど、彼女にしか書けないことを作品にしている。
自分は『浮雲』と『めし』も読んで、感心した。
セント♀(55)
作品に書かれているのは、貧しく辛い状況だが、美化も卑下もなく、等身大に、日常として受容している。13歳の少女のすこやかさがあり、お金がないこの家族は、夫婦も親子も円満。令和の現在は美しい社会になったけれど、100年前の未開で野蛮な時代に、お金では替えられないものがあると感じました。
正津勉  
自分の田舎には昭和まで、子連れの行商人が来ていた。それから、おしっこシーンがすごい。女性としての挑戦のように感じる。
バン♂(65)
五感が伝わってくる作品。視覚、嗅覚、聴覚、全部出てくる。音もよく聞こえる。港町のにおい、ビンタを張られる父親……アナキストの生活を屁とも思っていない。成瀬巳喜男監督の『浮雲』を観たが、今でも高峰秀子の睨んだ目が怖くて忘れられない。
ズシウミ♀(70)
このところゼミでは3人続けて女流作家を読んで来たが、今回は強いなと感じた。強くないと書けない作品。うまいし、技巧的な私小説。最初のセンテンスで時間の流れができている。「ぬめぬめした海」など、表現力が普通と違うし、母親が厳しくビンタをしても、その後すぐに娘の髪を梳かしてやることで、関係性が伝わってくる。
カタギ♂(60)自分は尾道に行き、林芙美子の記念館と資料館にも行った。この作品は表現がすばらしい。たとえば「父の声が汗ばんできこえた」「白いぷくぷくした小山の向こうに」など、よくできた短編で感動しました
インカ♂(75)
文章が短く、リズミカルで読みやすい。読者を引き込んでいく力がある。子どもの視線だが、実際は大人の眼だ。
飽きずに読めるので、他の作品もどんどん読んでいった。『放浪記』、『牡蛎』もよかった。

 バード♀(45)
おもしろかった。貧しいけれどイキイキしてたくましい。ずーっとお腹がすいている。カラシレンコンやら赤い肉やら、明るい色がいっぱいある印象。
母親が娘を殴って、髪を梳いてやるのにもびっくり。大変そうなのに、それを超えて読める。
ジョイ♀(75)
芙美子の父と母の実際の年齢差をきいて、納得できる関係性の描写があった。魚屋の男の子とのやりとりは、これから先の作家を思わせる部分。
林芙美子は行動力がとにかくすごい。過労死に近い死に方をして、川端康成の弔辞は独特だった。自分も中井の記念館に行ったが、庭が良いです。
実生活では、養子を学習院に入れたことに、違和感を感じました。
コマチ♂(65)
いい作品だった。陳腐な表現がない。
生々しい比喩も多いが、上手で、腕の確かさを感じた。自分はにおいをよく感じた。昔の町は、よくにおいましたよねえ。最近の日本はにおいがなくなりました。貧しかったこの人たちの方が正しいのではないかと感じた。
成瀬巳喜男監督の、自分は『めし』も観ました。良かったです。

 正津勉 バンさん、(出身の)北海道にも、行商人来なかった?
バン  富山の薬売り、御詠歌を謳うひとや、虚無僧の尺八。一人獅子舞も来ました。
正津勉 水上勉氏から、おまつりには必ず来たという「ごぜ」の話を聞いたことがある
セント 関東郊外の私の家にも、子供の頃、アサリ売りのおじさんが来て、悪いことをすると、おじさんに連れて行ってもらっちゃうよと、母に言われたことがあります。
正津勉 つまりテキヤですね。流しをする芸人もいましたよね。北海道出身のこまどり姉妹がそう。
バン  三橋美智也も北海道で巡業をしていたらしい
正津勉 藤圭子もそうよね
コマチ 宮本常一を思い出しました
インカ NHKのホームページで、林芙美子の声が聴けます。「泣くだけ泣かないといい人間になれない」と言っていて、本当にそうだと思いました。
ハッシー 文学をあがめたりしないところがいい。この後で最近の芥川賞作品を読んだら、そこに表現されているのはセレブの世界で、うわついて感じた。
チュウタ♀(70)実体験に基づいた生々しい行商人のくらし。現代にはない風俗‥こどもの鼻汁をすする母親、殴る母、外で排尿するシーン、食べ物のないギリギリ生活の生々しさ。それを受け入れている少女の、最後、父親が警官に殴られてどうにもできない自分の辛さ、不条理のシーンで終わるのもよかった。

 リポーターまとめ
通常は問題点や作品を好まない発言も多く出現するのですが、今回のテキストはおおむね好評、高評価でした。
自分も、昭和一ケタ生まれ世代の母たちを見てきて、
同時代を生き抜いてきた彼女たちにとっては、
貧しさを真直ぐに表現し、単独で人生にぶつかり切り開いて生きたこの作家、作品の存在にさぞかし励まされ、共感を得たことだろうと思い、葬儀にたくさんの庶民が集まったという伝説が実感として伝わってきました。
読書会参加者も口々に、48歳という若い生涯を惜しんだのですが、やり尽くして幸福な作家であったという感想ももつことができました。  

正津勉  次回のテキストは何が良いでしょうか    (……皆からの様様な提案後)それでは佐藤春夫「田園の憂鬱」にしましょう

 ※次回Bゼミ読書会は
 2024年4月26日(金)18時30分より
(アーツアンドクラフツの案内で)

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