短歌連作サークル誌 あみもの 第七号/各連作より一首選

2018年7月24日に発行された、短歌連作サークル誌『あみもの』第七号。
さまざまな連作があり、とても興味深かったです。私も初参加させていただきました。
ご一緒させていただいた皆さま、そして編集発行人の御殿山みなみさま、ありがとうございました。
だいぶ日が経ち、発行日より次号の〆切り日の方が近くなってしまいましたが、皆さまの連作から、好きな一首を以下に引かせていただきました。
なお、時間の都合上まことに勝手ながら15首に限り短い感想を添えさせていただいています。

死にたいと願いながらも死にきれずがん検診の予約を入れる
 澪那本気子さん『バースデイ検診』

上の句で死にきれなかったひとがどうするのかと思ったら、がん検診という意外性が効いています。死にたい/生きたいという心の揺れと、真面目さが伝わってきました。
ぴいぴいと小鳥の声がする朝にわたしのほうが早起きだったね
 永峰半奈さん『残り火』
モンシロチョウがぶつかった影響で下り線の一部電車に遅れ
 笛地静恵さん『東京観光MAP』( 2・第四干瓢期

蝶が列車にぶつかったのではなく、蝶の羽ばたきが遠くの竜巻につながる、というバタフライ・エフェクトなのかなと思いました。複雑に絡まり合った事象の果てに電車が遅れる。そしてその遅れが巡り巡ってどこで何を引き起こすのやら。
君よりも孤独が好きと言ってみる遠く波音聴こえる部屋で
 ルナクさん『棚からメフィスト』
きみの胸に耳をうずめて海を聞く夜の波音遠くさざめく
 ひぞのゆうこさん『眠れぬ夜のうた』

胸に耳を「当てて」ではなく「うずめて」という表現に想いの深さが垣間見えて惹かれました。
10秒しか青が点かない信号で押し合い渡る制服の群れ
 早瀬はんさん『登下校』
梅田にてアリゾナ州の老人の気骨に打たれ滋賀へと帰る
 涸れ井戸さん『リクガメが』
鉄線よくらげが海を捨てたのかそんな名もなき楽曲である
 中條茜さん『あなぐらぐらし』(鳴)
今朝ついに一人ぼっちになっちゃってひっくり返るたまごのパック
 茉城そうさん『雨季 やがて夏(おしまいの花火)』

卵がパックの隅に一つしかないとひっくり返る。一つきりの卵に一人ぼっちの自分が重なる。卵を買うたびついてきて、毎回捨てられる卵パックの軽さと心もとなさも孤独を際立たせています。「なっちゃって」と、さらりと告げる語り口がなおのことさびしい。
見ないふりするのが好きで萎んでもまた朝顔を朝に咲かしむ
 のつちえこさん『夏に懺悔は似合わない』
降りしきる雨のこちらに飲みかけのいろはす あちらは飲めないお水
 藤村紫野さん『アキイロアジサイ』
お仕着せの服とましろき皮膚の下、地獄の門を抱きて、彷徨く
 黒井真砂さん『アルカロイド』 ※
彷徨(さら)く
風船は破れてしまった。このガムに消費期限は示されてない
 堺セラさん『IDの空白』
梅の種しゃぶって僕のさびしさも含めるようにだえきでころす
 とわさき芽ぐみさん
 『#いいねの数だけめで終わる言葉を言う より10個』(6. うめ)
カーテンが光をやわらかく変えてわたしからではない花束へ
 杉谷麻衣さん『帰っておいで』
放たれた巨大バターの弾丸が輝きながらカバへと当たる
 あひるだんさーさん『巨大カバは如何にして人類と戦いしか(完結編)』
学ランで煙草をふかす友達の背中と埋まらない一馬身
 若枝あらうさん『ぬるい冒険』

制服姿で煙草をふかし、補導されるかもというスリルも込みで味わっている友達。そういう人と行動を共にするだけでも自分にとっては冒険。ぬるい、とは思いながらも肩を並べて歩いたり、まして煙草一本くれよ、とは言えない。ちょっと気弱なところに共感。
世界にはハッピーエンドがあることもバッドエンドがあることも、そう
 己利善慮鬼さん『楽園にて』
飛ぶ鳥を見ればうれしいあれはまだ風切り羽を失くしていない
 ナタカさん『zoo』
ジーンズと恋人でしたあの夏を生きた証である染みと染み
 西淳子さん『ヤバイTシャツ屋さん』
教室は窮屈すぎてかなわない君の光がはみ出している/ことりさん『十七歳の夏 男子と女子』
「君の光がはみ出している」と思う自身からは、恋心が思い切りはみ出しているのでしょう。かわいい!応援したくなります。
おかわりのうどんのつゆの飛沫かな窓から見るいま世界はしずか
 松岡拓司さん『「結城友奈は勇者である」より』
40年住んだがこがな初めてという母の声生きとりゃエエんよ
 ベルデさん『水』
ストローを登れなかったビン底のコーヒー牛乳傾けて飲む
 屋上エデンさん『戯言博物館』
雨降って外へ出掛けず頬杖をついたそのまま君だけ想う
 小澤ほのかさん『「君」』
今日もまた君の帰りを待っている業務上での話だけれど
 街田青々さん『業務上での話だけれど』
「大丈夫?日傘は持った?」「うん、持った!」今日も部活に行くとしますか
 シリカさん『毎日の一ページ』
チームいち打撃センスの無い君が吹く口笛と暑かった夏
 他人が見た夢の話さん『栄冠はべつに要らない』

「チームいち打撃センスの無い」なんてきついことを言われていると知ってか知らずか、君が口笛を吹くことが救いのような気がします。あんまり気にして落ち込んだりしないでほしい。
七年の月日を思う穏やかに見晴台に届く潮風
 たかはしりおこさん『燦々』

「七年」「潮風」というキーワードから、この一首だけでも震災のことと伝わってきます。静かな語り口でありながら、深い悲しみと、それを乗り越えようとしている人々のひたむきさを感じました。
景観に配慮しているコンビニを六角堂まで数えて歩く
 なぎさらささん『ことのこと』
理不尽だ、地団駄踏んだ道の闇 病んだポピーの短い命
 楓奏(ふーか)さん
 『あのないくにで(使ったひらがなが次の歌から消えていく世界)』
人々を音符のように踊らせてひとりぼっちのバイオリニスト
 くろだたけしさん『帰り道』
ゆんゆんとしなる電柱ばらばらに踊る電線 襲来の夜
 守宮やもりさん『夜明けを告げる風よ吹け』
かるがると抱きかかえられふと思うあなたは猫が好きだったこと
 海老茶ちよ子さん『yours』
僕ら今きちんと呼吸するために誰も知らないところへ逃げる
 すみれさん『紫陽花』
砂浜を踏み分ける音に夏の名をつけてまわったまだ夏だった
 夏樹かのこさん『夏の墓標に』
私も作ってみたよセーターをありがとうという言葉も添えて
 橋本哲也さん『(あみもの)』
ペリカンがメトロノームにせかされて隣の犬と唄うデュエット
 井筒ふみさん『夏のお散歩』
きんきんに冷えた麦茶と塩レモンゼリーで午後を乗り切っていく
 薊さん『灼熱バカンス』
この日まで生きたわたしを教科書のイラストめいた影が許した
 冬樹さん『七月の審判』
ぐじゃぐじゃになってしまった無花果のどうしても傷つけるのだろう
 天田銀河さん『夏野銃口』
たくさんの団地の群れのそのどこかひとつの窓の奥のとろとろ
 ハナゾウさん『苺団地』
凍らせたペットボトルの水滴で小さく光る机 夏かよ
 津隈もるくさん『#通知表やばい#帰りたくない#親が…』
坂道が少し重たい交わっていることなんて誰も知らない
 中村雪生さん『水になるふたり』
桃太郎に角を折られた赤鬼が語り部となる平和記念館
 樂々さん『鬼さん六首』

人にとっては桃太郎は英雄かもしれないけれど、鬼にだって家族がいて暮らしがあって…ユーモラスに描かれる連作ですが、この歌は戦争に対する風刺ともとれてハッとします。
丸まったティッシュの弾をぶちまけてさらばだ僕ら・僕ら・僕らの
 秋鹿町さん『平成最後の夏、僕らはまだ僕らになりきれていなかった』
空港を出ると熱風吹きつけてここは南なのだと思う
 藍野ミズキさん『熱風』
つめたさがやさしさになり町となる前のあの地へ旅立ったきみ
 岡桃代さん『サイレンと鐘 ‐After Twenty Years by O. Henry‐』
錆びた港 日の照る船と田舎「泣かないとね」振る手の人波、旅さ
 中山とりこさん『だいなし』
ストローで探ってみても見えなくてタピオカよりもわからないひと
 秘色水梨さん『名前をつけて保存』
なにもかもあかく濡れてる夕暮れにさみしい傘を買ってはいけない
 宮下倖さん『怪彩』
別れたいたった一言コーヒーは未だ熱さを忘れていない
 岩間龍也さん『さよならの意味を知りたくない』
フルーツは同じサイズにカットしてポンチにしましょ博愛の人
 大西ひとみさん『前世の記憶』
べとべとに湿気たクッキー捨てるのを見るのが一緒に暮らすってこと
 滝作亮さん『たまり場の家主』
街に激しく雨の降る日に執行のニュースは続く死刑執行の
 大橋春人さん『2018年7月6日』

結句の「死刑執行の」から再び初句に戻り「死刑執行の街に激しく…」と無限ループするよう。TV画面を縁取り続ける気象情報、その真ん中で繰り返される死刑執行のニュースがありありと目に浮かびました。
仄仄とあなたのこゑで話したるスマートフォンをひからせてゐる
 有村桔梗さん『夏の星座』

スマホからあなたの声がきこえることを、スマホがあなたの声で話す、としたセンスにひれ伏したくなります。「仄仄と」は声にも画面の光にもかかる気がします。そして、あなたに対して抱く想いにも。
流れくる魚の群れを遮つていか二種盛りと果たす邂逅
 小泉夜雨さん『透明な爆弾』

上の句で海中にきらめく魚の群れを想像した矢先「いか二種盛り」と鮮やかに躱され、あっ、お寿司!?と思うギャップがとても楽しいです。
蓮根を吹けば見事なレの音が出せる気がして寂しくなって
 58番地さかなさん『蓮根を切る』
エアコンより水浴びが効く気化熱で四肢と心を鎮静させる
 村田馨さん『暑気払い』
珍しく子が「どうしても」って言ったからドーナツ屋さんへ自転車を漕ぐ
 諏訪灯さん『出発前日』
コウモリは両手がつばさに進化して飛べるがネコをなでられはしない
 多賀盛剛さん『コウモリのこと』

コウモリの進化を丁寧に詠んでいき、句跨りでナチュラルに下の句へ。そこでネコをなでる話に飛躍して意表を突かれます。そんなはずはないのだけれど、コウモリもネコをなでたいかもしれないと思ってしまいました。
歪むれば歪むるほどにうつくしき羊のしたの血溜まりのこと
 田上純弥さん『たそがれはいつも過剰圧縮』

「美」という字は「大」きく形よい「羊」を神に捧げたことに由来すると、むかし美術の授業で習いました。この歌は、まさにその時に見せられた写真の光景で、ぎょっとしてしまいました。鏃のような形に組まれた九首の向こうに、重厚な油彩画のような景が浮かびました。
ねたましいあなたの上に馬乗りになればあなたはぼくの土台だ
 御殿山みなみさん『怠惰パズル』

内容に反してあ行の音の多さからくる明るい印象と結句の「どだいだ」の響きが楽しいです。しかし「碁盤歌」には驚きました。そんなものがあることすら知らなかった。しかも十二首に十二支が詠みこまれているという多重の仕掛け。『怠惰パズル』という連作タイトルですが、一体どこが怠惰かとつっこみたくなります。

以上、長くなってしまいましたが、最後までおつきあいいただきましてありがとうございました!