塔 2016年11月号掲載歌/川田果弧

前輪のなき自転車の棄てられておしろいばながめぐりに咲きぬ
教卓の抽斗に飼ふお蚕に水泡のやうに君は触れたり
スプライト二缶を投ぐ雲梯の上で夕雲眺めゐる君に
夏の野に紛れてわれもそよぎたり 君の街より夕立よ来よ
自転車の二台がふいに近付きてせえのと少年少女にキスする
別れしとふ電話のまたもかかり来ぬ薬缶の麦茶いまだ温とし
ひさかたの月の真下のバス停で人運びゆくバスを見送る
「ウスターソースちよつと垂らすと旨いんだ」トマトジュースを好む君言ふ

(若葉集/山下洋選)※新樹集