糖花〈こんふぇいと〉2018年8月号(残暑お見舞いネプリ)感想

短歌ユニット「糖花」(雨虎俊寛・江戸雪・東風めかり・志稲祐子・髙木一由・冨樫由美子・豊増美晴)の7名によるネプリ。カラフルなかき氷とホットミルクのイラストがポップです。
今回、配信期間中であることと、おひとり一首ずつの掲載ということもあり、歌そのものは引いていません。A4サイズは今日(8/28)まで、葉書サイズは9/2まで配信されているので、ぜひ出力して味わってみてほしいです。

※9/4追記:
メンバーの豊増美晴さんより、ネプリ配信期間終了につき「糖花」の皆さまの歌を当記事に掲載するお許しを頂戴しました。心より感謝いたしますとともに、歌を掲載させていただきます。

以下、イラストのかき氷の天辺から時計回りに感想を。
(長文ご容赦ください)


重らかな西瓜をふたつ水桶にたぷんたぷんと浸けてゐる午後
(東風めかりさん

のどかな風景がひろがる田舎の、大きなお宅の庭が目に浮かびました。
今日はお盆で、遠くに暮らしている子や孫たちがこの家に大勢集まる。庭の隅の水桶に大きな西瓜を二つ沈める。水に差し入れた手の甲に、午後の陽光が金色のまだら模様を作っている。普段は老夫婦だけで暮らしていて、西瓜など一つでさえもてあますが、今日ならば二つあってもすぐになくなってしまうだろう。まだ少しぬるい西瓜のカーブに触れて、お正月に会ったきりの孫のおでこをちょっと思い出したりして。やんちゃな盛りのその子もやって来るはずで、今夜はとても賑やかになるだろう、と思いをめぐらす。まだ外は暑いが、手に触れる水が心地よい。水桶の向こうには庭の生垣、広い空と遠くにはなだらかな山並みが見える。蝉時雨の合間に、時折やわらかな風が吹く。
「重らか」という言葉をはじめて知りました。重そう、と言うよりも、ずっしりとまあるくて重たい印象の響きがいいです。デザインの都合で三行で表記されていますが、頭揃えでも中揃えでもないことが期せずして西瓜のたゆたう様子に合っているようにも思いました。


ブルーハワイのうえのさくらんぼみたいだ とがったままのきみのくちびる(豊増美晴さん

かき氷のブルーハワイ?それともカクテル?というところから想像をかき立てられます。上の句の破調と、ひらがなとカタカナだけの表記から、子供なのか、酔っているかのどちらか、と考えて両方妄想してみました。

【その1:かき氷】
帰省して、かつての自室で古いアルバムを見つけた。何の気なしに開き、とある一枚の写真が目にとまる。遠い夏、盆踊りの日に撮られた写真の中で、甚平を着た8歳のぼくがピースして笑っている。少し離れて、桃色の浴衣に赤い兵児帯を締めた女の子が写っている。唇をとがらせた、ふくれっ面で。近所に住んでいた同じクラスの子だ。あの頃、何かにつけてちょっかいを出しては泣かせたっけ。盆踊りの時も、ほんのり色つきのリップでお洒落したきみを、皆の前で金魚みたいってからかった。きみは唇を手でごしごしと拭って、涙をためた目でぼくを睨んだ。こすったせいで余計赤くなった唇が、ブルーハワイのかき氷にのったさくらんぼと似てるなって思ったこと、なんとなく憶えている。きみはしばらく口をきいてくれず、夏休みが明けて涼しくなる頃には、男子と女子はあんまり一緒に遊ばなくなった。やがてクラスも別になって、きみは中学から私立に行ったんだっけ。古ぼけた写真をもう一度まじまじと見る。あのとき本当に思ったんだよ、金魚みたい(で、きれい)って。きみはずっと写真のなかで、赤い唇をとがらせたままだ。

【その2:カクテル】
週末の夜。久々のデートなのに不機嫌なきみを、バーの片隅でなだめている。珍しくヒールの高いサンダルを履いてきて足が痛いの?あ、その新しいサンダルを褒めなかったせい?きみはちょっとしたことですぐ不機嫌になる(と言うと、ちょっとしたことなんかじゃない!って怒られる)。きみの前には一口飲んだきりのブルーハワイ。グラスに留めつけられた人工的な赤さのさくらんぼを弄びながら、きみが何か言う。ちょうど店の奥のブースにDJが入り、流れ出した音楽とざわめきでよく聞こえず、とがらせた唇をじっと見つめた。さくらんぼみたいだ。間接照明に淡く艶めくその唇に、なんだか吸い寄せられそうになる。天井のファンが寄越すぬるい風に、腕の産毛がかすかにそよぐ。二杯目のぼくのグラスはもうじき空だ。酔いも手伝って、触れたさばかりが闇雲に膨らんでいく。


学び舎をとほく離れてなほ熱き心にそそげジンジャーエール
(志稲祐子さん

「学び舎」という語は校歌の歌詞によく使われる印象があります。スポーツの試合や応援を思わせる「熱き心」とあわせて、高校野球を応援する人の歌と読みました。
主体はかつての高校球児。卒業から年月が経ち、もうプレーすることはなくても、母校や高校野球に対して特別な思いを持っている。今日は、かつてのチームメイトと誘い合わせて球場に応援に来た。互いの近況報告もそこそこにジンジャーエールで乾杯する。大人なので酒もたしなむけれど、これから本気の声援をおくるためにはノンアルコール。観客席には、自分たち以外にも様々な世代のOBたちの姿があり、同じ母校を応援するもの同士の連帯感を覚える。グラウンドの選手に昔の自分を重ねたりしながら、精一杯に声を張る。握りしめたペットボトルの中で揺れる金色のジンジャーエール。高校時代の自分にとっては、サイダーやジュースより、少しだけかっこいい飲み物で、練習帰りに仲間とよく飲んだものだ。いくつになっても心を熱くするものがあることの幸せをかみしめながら、ごくりと喉を鳴らす。


もういちごミルクはやめて酔わせたいカシスリキュール多めに注ぐ
(髙木一由さん

いちごミルクは、学校内に設置されているブリックパックの自販機で買うもの、という勝手なイメージがあります。
おそらく学生の頃からの知り合いの二人。今は互いに成人していて、恋人未満か、恋人になりたてか。主体はちょっと先に進みたいなと思っている。リキュールを注ぐということから、どちらかの家で飲んでいる、またはバーテンとして働いている店へ相手が来たのでしょうか。いずれにしても嫌いな人にお酒をつくらせたりはしないでしょうから、相手も満更でもなさそう。
鮮やかな苺の赤にミルクを足した明るいピンクは、あどけなさを思わせる。対するカシスリキュールの青みを帯びた深い色合い。ボトルに入っているときは黒のようにも見えるが、カクテルなどに用いると、はっとする紅さをあらわす。ふたつの「あか」の違いは、二人の、これまでとこれからの(主体が望む)関係の違いを象徴するようにも感じました。


夏氷いつかの滝の輪郭がくらく光って蜜したたらす
(江戸雪さん

夏氷、という呼び方が風流で、自転車でリヤカーを牽く氷売りが鳴らす、ベルの音が聞こえるよう。削る機械も電動でなく、昔ながらの手回し式を思い浮かべました。ハンドルを回すたび硝子の器へと落ちてゆく氷は、たしかに滝を思わせます。
「いつかの」と詠われる遠い日、主体は滝を見ていた。隣にはおそらく恋人がいたのでしょう。そして「くらく」という語が想起させる、その後の別離。あるいは、別れの後にひとりで滝を訪れたのかもしれません。暗澹とした気持ちで見つめた滝の記憶がふいによみがえり心を苛む。けれどあくまでも過ぎたこと。目の前に供された夏氷に我に返る。向かいの席から少し心配そうな視線を向ける現在の恋人に、何でもないと微笑んで、匙に手を伸ばす。掬い上げた氷を染める蜜の、甘いだけではなく深い味わい。つめたい氷も苦い記憶も、きれいに飲み込んで「おいしいね」と言う。酸いも甘いも噛み分けた、大人の恋を思わせる一首。


ゆびさきにつままれているひとかけの冷凍みかん近づいてくる
(雨虎俊寛さん

ひらがなだけの上の句は、ピントが合わない視界を思わせ、読み進むにつれて冷凍みかんだとわかる。十秒から二十秒ほどのできごとを、スローモーションのように詠んでいます。人称は用いずとも、指の持ち主の存在感や主体との関係性が想像できます。
主体はかなりの近視で、普段は眼鏡をかけている。リビングのソファでうとうと眠ってしまい、眠っている間に恋人が眼鏡を外しておいてくれた。目を覚ましてぼんやりしていると、向こうのダイニングテーブルで、恋人が何かたべているらしい。かすれた声で、何を食べているのか尋ねると「たべる?」とだけ返されて、よく見えないまま頷くと、恋人の立ち上がる気配がする。ほどなく目の前がすこし翳って、差し出された指先にあるのは、冷凍みかんのひと房。眠い目で鯉みたいに口を開ける。間の抜けた顔を見て、くすくすと恋人が笑う。みかんごとその白い指もくわえてしまおうか。融けかけのみかんのかすかな匂いと、恋人のシャンプーの香りが鼻先をくすぐる。
気が置けない相手への愛おしさを感じさせる歌です。


友だちのゐる優しさの味がするおてがみ食べたやぎさんの乳
(冨樫由美子さん)

この歌を読み、童謡『やぎさんゆうびん』の白山羊と黒山羊は「友だち」だったのだとあらためて気づかされました(ただ、不毛なやりとりだとずっと思っていました)。ごめん、何て書いてあったの?と気安く訊ける間柄。きっと他愛ない内容だとわかっているから食べてしまったのかも。山羊たちは「しかたがない」と言いつつ楽しんで手紙を送り合っているのでは、とさえ思えてきます。こんな優しい歌を詠める作者にも、思い浮かべるだけで優しくなれるような友達がいるのでしょう。
童謡をモチーフとしたことと旧仮名が相まって、遠い子供時代をほのぼのと思い起こすような、懐かしさを感じました。
ところで、山羊のミルクは飲んだことがありません。どんな味がするのでしょうか。独特のくせがあるとも聞きますが、もしパッケージにこの歌が刷られていたら、飲める気がします。

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はじめは感想をツイートするつもりでいたのですが、色とりどりの歌から様々な景を連想しすぎてしまい、いくつものツイートにわたるのも読みにくそうなので、noteにアップしました。
もはや妄想を長々と書いてしまい誠に恐縮ですが、おつきあいいただきありがとうございました。