蝉丸


「蝉丸」
「はっ」
「そちが死んでおるぞ」
「ほんに」
「この前、鳴き出したのに、もう落ちたか」
「ちと早うございますなあ」
「そちはどうじゃ」
「蝉丸ではございますが、蝉ではございません」
「なぜ、蝉丸なのじゃ」
「生まれたとき蝉が丁度鳴き出したとかで」
「それは風雅でいい」
「花鳥風月ですか。蝉は何でしょう。鳥ですか」
「虫じゃ」
「では私は虫なのですね」
「蠅の大きなのと変わらぬ」
「じゃ、便所バエよりも大きなのが蝉ですか」
「さあ、それは分からぬ。蠅はいつ生まれ、いつ消えていくのか見たことがない」
「その点、蝉は目立ちますねえ」
「忍びのものとしては目立っては拙いのだがな」
「私は陽動型なので」
「堂々と姿を現す忍びの者か」
「世を騙し忍んでおります」
「忍び切る方が蝉丸らしいぞ」
「いつもは僧侶姿です」
「今日は違うのう」
「逆に坊主姿ではここでは目立ちます」
「他にどんな姿をとる」
「琵琶法師」
「琵琶法師の蝉丸。なにかそのままじゃな」
「歌も作れます」
「そこまでできる忍びは希」
「しかし、元々は歌人なのです。それが本職。訳けあって間者をやっておるだけ」
「歌の家の出か」
「はい」
「では、都育ち」
「いえ、田舎育ちでございます」
「歌人の家が都落ちしたか」
「都では食っていけなくなりましたので」
「それにしては忍びとはまた落ちたものよ」
「この蝉のように早く落ちました」
「この仕事、終われば、わしに歌を教えてくれぬか」
「はい、喜んで」
 
   了

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