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幻術大全


「牧野の双源さんはお達者かな」
「はい、甲斐国で暮らしています」
「元々甲斐の人だったか」
「そうです、信濃や飛騨でも暮らしておりましたが、帰って来ました」
「相変わらずか」
「はい、幻術三昧」
「その術、できたのか」
「いえ、まだのようです」
「牧野の双源さんといえば、信玄候に仕えていたとか」
「ただの工兵です」
「しかし、幻術が使えたはずなので、そちらで活躍したのでは」
「甲斐にもその類いの者はおります」
「何処家中にもいるのに」
「双源さんはその類いではありません」
「それでずっと足軽のままか」
「はい、ツブテ組のようでした」
「石投げか」
「野営地を作ったり、抜け穴を掘ったりする部隊です。いくさの時は石を投げます」
「幻術とは関係せぬのう」
「はい、まだ双源さんの幻術はできておりませんので」
「で、どういう術なのじゃ」
「ただのマヤカシだと思います」
「妙な人だな。牧野の双源さんは」
「はい、それでこの前までは飛騨にいました。そこで術が完成したとかの噂があります。だから甲斐に戻ってきたとか」
「会ったのじゃろ」
「はい、相変わらずでした」
「では、完成しなかったのか」
「そのように思われます」
「それでまだ続けておるのか」
「はい、細々と」
「その幻術、いかがなものか見たいものだ」
「おそらく、その術は」
「いかなるものじゃ」
「ないのでは」
「ない」
「はい、双源さんが生涯かけて会得しようとした幻術。まさにそれです」
「何が、まさになのじゃ」
「幻の術」
「術そのものが幻か」
「はい。だから、そんな術などないのですよ。だから幻術」
「うむ」
「ただ」
「何か他にあるのか」
「出来損ないの術。これはマヤカシで、本物ではありませんが、そういうものを多く考えられたようです。幻術を使えば、こういうことができるのではないかと」
「それはあるのか」
「はい」
「それでもいい。欲しい」
「幻術大全として双源さんが記したものがあります」
「それでいい」
「写本がございます」
「買おう」
「毎度おおきに」
 
   了

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