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草返し


「まんざら悪くはないのう」
「悪いものだと思っていましたが、これは良いものかもしれませんよ」
「どうして気付かなかったのであろう」
「悪いものだと決めつけていたからですよ」
「わしが決めたわけではない。世間の評判だ」
「悪いものとして扱われておりますが、よく見るとそれほど悪くはない。それほどよくもありませんが」
「良いものなら、その評判が立っておるじゃろ」
「世間は何を見ていたのでしょうねえ」
「噂の噂をそのまま使っていたのであろう。ろくに見ないでな」
「しかし、どうしても悪いという評が立っていますので、それを拭うのは大変かと」
「そうじゃな、悪い噂が立っているのが難点。ものはよくてもな」
「如何いたしましょう」
「これは使えるやもしれん。雇おう。その一族を」
「世間では山賊、野盗と呼んでいますが」
「その事実はあるのか」
「ないようです」
「兵力はどうじゃ」
「一族のものは少なく、また強くはないとか」
「力自慢とかもか。それじゃ、数も少ないし、大した戦力にもならぬので、雇い主などおらんだろう」
「普段は百姓です。小さな村です。そこを治めています」
「吉原村だったか」
「はい」
「小さすぎますし、それに僻地。使い回しが悪いです」
「しかし、まんざらでもないと思ったのは、そういう戦力ではなく、草だ」
「間者ですか」
「流言」
「ああ、それならいけます」
「とある城下の外れの街道で、木偶人形師を見た。子供相手の人形芝居。その語りが上手かった。それで何処の者かと聞くと吉原だという。聞いたことのない村。調べるとかなり遠くから来ていたのだ」
「出稼ぎで傀儡師をやっているとか」
「使えそうだと踏んだ」
「大道芸の仲間も多いとか。行商とかも」
「だから、雇うのはまんざら悪くはなかろう」
「しかし、吉原の連中は何処にも仕える気はないとか」
「そのつど礼を与えればいい。よければもっと身近にいてもらいたいものだがな。直参として」
「まずは、仕事をしてもらいましょう。それを見て」
 敵国の城主が病んで長くはないという流言を吉原に頼んだが、効果はなかった。
「使えん連中じゃ」
「そこが吉原のいいところです。いい草ではなく駄目な草だと思われているはず」
「使い用か」
「はい、だから、こちらの本当のことを、噂として流させます。吉原の手の者から発していると分かるように。すると、敵は信用しないでしょ」
「草返しじゃな」
「ぎょい」
 
   了

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