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リスタート

2019年夏、映画の主題歌を作ることになった。

20代前半からバンドをやっていて(今は人数が減って二人組)、15年の間に色んな夢をもってはそれを諦めたり忘れたりした。
「Mステに出たい」「サマソニに出たい」「武道館」「メジャーデビュー」…。そんな無邪気な夢を持っていた若者たちだった僕らは、やがて「身の程」と「身の丈」を知るようになる。

べつにそれって悲しいことでも何でもなくて、フォーカスを「まだ見ぬ未来」じゃなくて「目の前のやるべきこと」に移しただけの話だ。むしろ自分たちではこれを喜ばしい成長ととらえている。

若いころに持っていた夢のひとつに「映画の主題歌をやりたい」というのもあった。僕も相棒のエミリも映画が好きで、観た映画にインスパイアされて勝手にテーマ曲を作ったりもしていた。(「穴」とか「韓国版・黒い家」とかね)

もちろんその夢もMステと同じで「そりゃ~もちろんやりたいけど、そんなことより来週のライブの集客のために告知しなきゃ」と次第に頭の片隅に追いやられていった。

しかし、2019年夏、僕らは映画の主題歌を作ることになった。

この「リスタート」という曲がそれだ↓


詳しい経緯などは省略するが、品川ヒロシ監督の最新映画にエミリが主演、シンガーソングライターの主人公「未央」が歌う劇中歌3曲をなんと我々HONEBONEに任せてくれるという。
大体こういう映画って色んなしがらみがあって「主題歌はもうavexの○○さんに決まってます」とかだと思っていた。たまにあるでしょ、エンドロールで内容と全く関係ないし雰囲気も合ってない謎主題歌が流れる映画って。
なので最初、「劇中歌」は単純に劇中歌なんだと思っていた。それでも超すごいことだ、と喜んでいた。しかし、話が進むにつれ、どうやら劇中歌が主題歌にもなるみたいだぞ、ということが分かってくる。

映画の主題歌を作らせてもらえる。

ほんとうに降ってわいた奇跡のような出来事が起きて、片隅にいってしまったはずの夢が叶うことになったのだ。
しかしながらやっぱりただじゃすまない人生、喜んでいる暇はなく、半月後には撮影に入るという。その間に作詞・作曲を終えてヴォーカルのエミリは歌の練習までしなければいけない。とにかく何もかもが怒涛の2019年夏がはじまった。


作詞

この映画の主題歌は、エンドロールだけでなくクライマックスシーンでも使われる曲ということで、歌のメッセージは映画が伝えるメッセージと完全にイコールでなければならない、と思った。

というわけで、歌詞を書く作業は、いただいた台本を何度も読むことから始まることになる。

10回以上繰り返し読んで、映画内に出てくる印象的なキーワードをつなぎ合わせていった。特に中野英雄さん演じる未央のお父さん、SWAYさん演じる未央の幼馴染のセリフからは沢山ヒントをいただいた。そういう意味では、この曲の作詞クレジットは「HONEBONE」となっているが、実は歌詞の原案は脚本を書かれた品川ヒロシ監督ということになる。
印税が欲しいのでクレジットはそのままにさせていただきたいが、それが事実だ。

ただ、中々サビにできそうな核となるフレーズができなくて困ってしまった。出てこないので現実逃避のためにYouTubeなんかを観てサボっていると、同じくサボっていたエミリが鼻歌のような感じで「笑いたいなら笑えばいいだろ~」と歌ったのが聞こえた。

「笑う」というのはいいワードだと思った。なぜなら笑いの総本山、吉本興業さんの映画だから。

もうちょいYouTubeでサイバージャパンダンサーズさんのセクシーな動画を観ていたかったので「それだ!」みたいなことは言わず、ひそかにiPhoneに「笑いたいなら笑えばいいだろ」とメモったことを覚えている。

ここで歌っている 私のことを
笑いたいなら 笑えばいいだろう
もう私には何も見えてない
この空以外 何も

映画を観てもらえばわかるが、この曲が出てくる場面の未央が一番言いたいことが、このフレーズで書けた気がした。しかし歌って便利だ。セリフだと「なに言っちゃってんの」ということもドヤ顔で言えるのだから。


作曲

歌詞ができたら次はメロディだ。主題歌への品川監督の音楽的な発注はただひとつ。「アルマゲドンのエアロスミスで。壮大で感動的で途中からバイオリンとか入ってくるやつ」だった。

な…なるほどです。具体的でわかりやすい指示ではあるが、正直だいぶ高いハードルを課されたな~と思った。我々HONEBONEは基本アコギと歌だけのフォークデュオで、半径1メートルのことにブツクサ文句を言うような曲を歌ってきた。もちろん、あんな宇宙的なスケールの曲はやったことがない。

それでもスティーブンタイラー並みにデッカイ口を開けて歌えるメロディにしようと2人で作っていった。

作曲の作業は正直あまり覚えていないので、小エピソードを2つほど。

楽曲の大枠ができて監督に送ったら、「これもう少しキーを高くできる?」と言われた。たしかにキーを上げるとパワフルにはなったが、かなりスタミナを使う。1曲通してライブで歌えないかもしれない。できればうちとしては歌いやすさを一番に考えたい。
そう白状したが、監督の「うーん、でも高いほうがいいな。一生懸命はりあげてるのがいい」という指示で、高いバージョンが採用となった。
結果はお聴きの通り。このキーが正解だった。

もう1つは、一旦完成した曲を練習していた時のこと。

ちょっと曲に稚拙さを感じる部分があり、「ここを修正したい」とエミリに提案した。
普段なら絶対トライしてから採用・不採用を決めるのだが、演技初挑戦・ダンスシーンの練習もあってキャパオーバーしていた彼女は半ギレで「監督はそういうアレンジ好きじゃないと思う」と言ってきた。
それに対して僕も「いや、監督を盾にしないで、自分が余裕出来なくてできませんって言えや」と半ギレたかったが、もうエミリは半ギレしながら半泣きだったのを見て、「っあ~了解!」と口をとがらせながら言うにとどめた。4分の1ギレくらいに抑えられてたらいいのだが。
まあ、そのくらいギリギリな夏だった。


編曲

さて、曲が大体出来上がったら楽器を足したりしてお化粧をしていく。ここでも問題は「アルマゲドンで」の件である。どうやって宇宙的スケールにしようか…。
と、最初は悩んでいたけど、映画『リスタート』は北海道の下川町を舞台にしているので、壮大とはいっても宇宙までいく必要はないかな、と思い直した。(下川町の空はまるで宇宙のようにデカいですが)
宇宙と北海道の中間くらいのスケールの曲を参考にしてみよう、とまたYouTubeを開いた。おすすめに出てくる週刊プレイボーイの動画を観たい欲をグッとこらえて、いざサーチ。

実際にメインで参考にしたのは↓の2曲だ。

Oasis先輩の名曲である。これは参考というより割とモロなので、完成した曲を聴いたHONEBONEスタッフに「オアシスじゃん」と速攻で指摘された。
でもこれが北海道と宇宙のはざまって感じじゃないですか?だいぶ北海道寄りか…。

YUI先輩の名曲である。これは曲調もさることながら、ミュージシャンの女優デビュー(しかも青春映画・ミュージシャン役で)という意味で今回のお話をいただいたときからだいぶシンクロを感じていたのだ。
イントロなどを参考にさせていただいたが、エミリに「YUIさんでしょ」と速攻で指摘された。もっとパクり上手になりたいものだ。


「リスタート」の最後のサビの前に、いわゆる"Cメロ"なんていわれる部分がある。
そこには「悲しいニュース」という別の劇中歌の一節をあてはめた。これは我々が映画と共にミュージカルも好きで、ミュージカルでよく最後の大団円の時に劇中で使われた曲が形を変えて出てきたりするところから影響を受けたアイデアだ。これが出来たときは、我がことながらエミリと2人でグッときてた覚えがある。


というように、品川監督の書いた脚本から生まれ、映画の主題歌ながら制約をほぼ感じることなく自由に、自分たちの好きなものを詰め込ませてもらったこの「リスタート」という曲。

↓ここでもう一度お聴きください。

2019年に作っていたので自分たち的には2年前の曲だが、マジで今でも気に入っている。そしてもちろん、この曲は映画を観てもらった後だと、貴女の心に何倍も響く曲になっているはずだ。なっているといいなあ…。

他の劇中曲も合わせて配信でリリース中だ。
映画を観る前に聴いても良し、観た後に、もう一度噛みしめても良し。是非この3曲を可愛がってやってほしい。

ちなみにリリースはされないが、劇中でながれるインストゥルメンタルも作らせていただいた。僕の弾いたクソみたいな一本指ピアノを、素晴らしいピアニストの園田涼さんに弾き直していただいた(これも監督の発案)、こちらも自信作だ。
映画『リスタート』、7月16日公開(北海道地区は先行で7月9日)。
ストーリーとセリフで胸が熱くなる映画だが、是非音楽も味わってみてほしい。


もう私には何も見えてない
目の前以外 何も

「リスタート」の歌詞にある通り、僕らもここ数年、夢を見ることもなく目の前のことだけに取り組んでいた。でもそうやってると、たまにご褒美のような出来事が起きることがあるみたいだ。
この歌詞は、未央にもこの先そういうことが起こって欲しいな、という意味がこめられている。(他の意味もあるけど、それは映画を観てのお楽しみ)

2019年の夏、そして公開を控えた2021年の夏、僕たちは、品川監督はじめいろいろな方のおかげで知ることができた。
「夢は忘れた頃に叶う、こともある」と。


さて、以上で宣伝が終わったので、YouTubeでも見ますかね…。

最高!!!!!!!!!!!!!

カワグチへのサポートはフォークデュオHONEBONEの活動費に使わせていただきます。