妹たちへ。
なぜかこの大晦日にこの題名で、春から更新が止まっていたnoteに書こうと思ったかは、これから書くことにある。
どんな形であれ、自分がやりたいと思ったことはそこが一番よいということだ。やりたい、やっていきたい、こうしていきたい。思考のはじまりはそれぞれだが、そう思ったが吉日なのだ。そして一番早いはじまりなのだ。
この年になるとそう思い立ったときに出てくる質問のようなものがある。「あの時からはじめていたらどうなっていただろうか」「いま始めるのは遅すぎるのではないだろうか」。でもその質問さえも必要がないのだ。これまで歩んできた道の先に来た自分が出した答えは、過去の「あのときの自分」今と同じように出すことはないのだ。
もっと昔からやっていたかもしれないこと。でも今の私だからそう思えたこと。これまで笑い泣き怒り悩み、歩んできたその多くの選択の先に生きているいま、自分がやりたいと思う望みのものは、一番ピュアであること。それを信じることなのだ。
誰かがやりたいことをやり始めたのを見た時、何か物申すより、誰かのこと覗き込んで時間をつぶすより、自分のやりたいことへ時間を注ぐこと。
いまいちどいうよ。
自分がやりたいと思った時が吉日。それが一番よい始まり。そしてそれが一番早いはじまりの日なのだから。
これまで路を歩んできたあなたの答えなのだから。やりたかったことはこれまで見えていなかった過去からのあなたの問いかけだったのだから。
同じような形をした肉体を持っているけれど、ひとりひとり違う遺伝子を持つ私たち。誰の比較もいらない。
なぜかこの大晦日にこの題名で、春から更新が止まっていたnoteに書こうと思ったかは、私がブログではなくnoteに書きたいと想った今日が吉日だったから。
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