2019.12.05 ある人物のカフェでの見聞。

 お気に入りのカフェでブレンドコーヒーを啜る。ずるずる。ここのブレンドは熱すぎなくてうまいのだが、冷めてもうまい。
 若い女が私の隣に座った。年の頃は二十かそこら。アニメの絵のストラップを携帯につけていたのでなんとなくそうじゃないかと思っただけだが、ちらりと横目で見た顔は若く端正で若く見えたので間違ってはいないと思う。彼女はソファの足元にあるコンセントを使って携帯を充電しながら、何やら熱心に携帯で文字を打ち込んでいた。時々ホットモカ…十二月の新作で、チョコレートソースのかかったホイップクリームがふんだんに乗っている…を飲み、そのたびに窓の外を眺めてはふぅ、と息を吐く。待ち人来ず、といったところだろうか。
 私は私でハムとチーズのホットサンドを食べながら、これまた同じく窓の外を眺めていた。しょうがない、顔を上げた目線の先には窓があるのだから。しかしカフェで窓の外を見ているとなんだか物思いにふけっているような、そしてそれを格好良いと思っているような、そんなふうに見えてしまうのではないかと周りを気にしてしまう。そんな事はないのだろうけれどね。他人から見た自分というものは自身が思っているよりもよっぽどどうでもいいようにしか見えていないものだ。隣の彼女の中でさえ私はただの『隣に座っている人』以外の何者でもない。…うん、実際そうだが。
 そんなことをぼんやりと考えていると、隣の彼女の携帯に電話がかかってきた。

 「もしもし。あ、ごめんいまカフェにいるんだけど、…あ、本当?」

 周りへの配慮がよくできている。小声で交わされる会話、口元を覆った手の間からは時折笑みが見える。…いや、いかんいかん。こんなに隣の人を見ていては怪しい人だと思われてしまうではないか。

 「じゃあ私のアキハとチックさんのジンダイ、アクキーとぬいでいいんだよね?交換で…。あ、じゃあ五時に新宿でいい?はーい」

 時刻は午後四時三十五分。通話を切ると彼女は嬉しそうにふぅ、と息を吐いた。
 ホットサンドの最後の一口を食べる。ここのホットサンドは注文してから目の前で作ってくれるのだが、今日は客が少ないので余裕があるのかとても奇麗な見栄えだった。写真でも撮ってやろうかと思ったけれど、それを思った時にはもう二口ほど食べてしまっていたので諦めて記憶にだけ残す事にし、また来た時にも見栄えがよかったら撮ろうと心に誓った。ブレンドコーヒーを啜る。ずるずる。隣の彼女は携帯を置き、ホットモカのクリームをスプーンで食べながら携帯のストラップを撫でていた。窓の外を見る。大きなリュックを背負い、彼女はトレーを持って席を立った。五時に新宿、ただ隣に座っただけの私が、彼女がこれから行く場所を知っている。
 時刻は午後四時四十分。ふぅ、と息を吐いた。



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