書き散らしSS

書きたいところだけ書いています。


 山で白い鱗を見つけたら、すぐ山を降りなさい。お池の子にされたくなけりゃ。
 
 男は走っていた。不慣れな山道をただ一心不乱に、なにかから逃げるように。何度も木の根につまづき地面に叩きつけられても痛みなどないかのように、ひたすらに走り続けた。
 あのお山はな、赤いもん持って入っちゃァいけねぇんだ。特に子供はな。山の神さんが欲しがるから。
 
 走る男からはぽたぽたと、ときにぼとぼとと赤いものが散っていた。その量と比例するよう、男の顔は白くなる。
 
「あいつお山に逃げ込みやがった」「なら、追わずともじきに死んじまうだろうよ」「ばかな男だよ。一緒に逃げた女に早々に裏切られてさ」「違いねぇ。山に入っても死ぬ。山から出ても死ぬ。どのみちもう助からねぇな」
 身体は傷だらけだった。女を取り返しにきた男どもに痛めつけられたのだ。それでも火事場の馬鹿力というもので逃げ出したのだ。
 切り付けられて傷は焼けるように痛み、打ち据えられた傷はじくじくと鈍く痛む。
 傷口から溢れる赤が白い衣を染めていく。
 
 あのお山にはな、でっかいまっしろいなまずの神さまがいるんだ。
 
 ちくしょう。ちくしょう。
 死にたく、ない。
 
 
 ◯
 
 
「なぁ、センセイ。あんた白なまずさまの話は知っているかな?」
 不意にそう尋ねられ、書きつけていた手帳から顔を上げる。
「はぁ、そういう話があるということ自体は」
「そうかいそうかい。センセイは確かここら辺に出身だったっけ。ならそりゃあ知っているよね」
 確か白い大鯰の住んでいる池がある山があり、その山には赤いものを持って入ってはいけない、特に子どもは。という話だっただろうか。
「そうそう。……センセイは特に言われたんじゃないかな?」
 じっとOさんは片方しか無い眼でこちらを覗き込む。私の色眼鏡の奥の赤い目玉を覗き込む。
 私は生まれつき色素が欠乏しており、髪は白く、眼は赤かった。それで直接的に苦労したことはないが、やはり人は見慣れるものに奇異の目を向けるものだ。それが面倒で髪を染めて、色眼鏡で誤魔化しているのだが流石に目の色は隠しようがない。
「えぇ、まぁ。特に婆さま方には耳にタコができるほどに」
「アハハ!あれさぁ、本当はもっと……あるんだよね、詳しい話が。……聞きたい?」
 すぅ、と自分の目が細められるのがわかる。本当にこの人たちは人の好奇心をくすぐるのがうまい。
 そう言われたら私が聞きたいとしか言えないことをよくわかってる。私の好奇心をよく理解している。
 私が返す言葉は一つしかない。
「えぇ、ぜひ。……ぜひ、聞かせてください」
 

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