「それが一年続けられたらやってもいいけど、できないんだったらやめた方がいいです」

吉本隆明『共同幻想論』を最初に買ったのは中学の時で、ハードカバー版の最初のやつを古本屋で買った。吉本の解釈はとても特殊というかおまえ何言いたいんだコラレベルで中学生の私が読んでも全く理路整然としていなくてよくわからない。取り上げられる『遠野物語』の方が面白くて、すぐにそのまま柳田のそれを買った。こっちはスムーズにとても面白く読めた。確か中学時代に坂本龍一が「いまでも読む」と言ってたから私も買ったのだった。何回読んでも何を言いたいのかよくわからない。これといった解説書が一切出てこなかった。高校時代にも読んだ。よくわからない。かなり経過して二十年くらい前に、どうせだから、私が全部注釈をつけてわかりやすく改めてやろうと宣言し、メルマガの形式で発行してた。執筆にはかなりの時間を要した。
厳密に読んでいくと「それ、ただの吉本の思い込みとただの独断じゃね?」という箇所が山ほど見受けられて、そんなに根を詰めて注釈するほどの本の内容でもないわ、と途中で見切りをつけた。わかりもしないのにあの本を当時重要だと持ち上げてた呉智英というボンクラが自著の推薦文献一覧にのせてて、かなり最近になって「あんまりたいしたことのない本である」みたいなこと言い出したのは面白かった。呉智英よ、おまえ、十数年は私に遅れている。メルマガの発行も徐々に頻度がさがり、あまり発行しなくなった。だって題材が吉本のアレじゃ発展もしないし得るものもない。
当時、コミュニティFMというFM帯でミニ放送局を運営するという面白い仕事があった。私は「コミュニティFM、いったいいくらあったら開設できるんだろうやってみたい」と思った。当時の彼女にそれを話した。当時の彼女は、「センセー、まずね、メルマガを毎日書いて、それが一年続けられたらやってもいいけど、できないんだったらやめた方がいいです」ととてもまっとうな指摘を受けた。それもそうだな、と思った。その時の彼女、とても正しい。ツイッターの移転先にメルマガ。いまさら感しかない。

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