そのはみ出し方の各種の持ち味

第一部
 一見してデジカメ写真と見紛うような見事な所謂「スーパーリアリズム」系の絵そしてその製作過程のタイムラプスがたまに流れてきて、みなさんほんとうに器用にお描きになるものだなあ見事な腕前だなあ写真とそっくり、と思いながら、私の趣味とは合わないものだな、私はその輪郭からはみ出たものが好きなのだ、これはただの趣味嗜好好き嫌いの部分なので、つまりわかりやすく言うと(←絶対わかりにくい喩えがくると思ってるだろう、大正解!)、大河内傳次郎の物真似をする或いは片岡千恵蔵の物真似をする桜井長一郎はそれはそれで似ているのだけど、私はその輪郭線からはみ出した桜井長一郎部分が好きだというのに似ている。輪郭線からはみ出さないそれらは、オリジナルの大河内傳次郎片岡千恵蔵を観ればそれで済む、私はそこからはみ出した部分を好む。

第二部
 注疏にも似たようなところがあって「経」や「伝」からはみ出した部分にその持ち味があり(「伝」だって「経」からはみ出した部分にその面白さがある)、数千年の間にたまったそのいろんな連中大勢の「はみ出した部分」である注釈が面白くて、こんな分野ですごして数十年、その面白さは最初に感じたのとまるで変らないままで、ただこんなものも、私と机を並べていた同級生上級生下級生がみんな同じように面白いと思ったわけでもないのは、彼らがめんどくさそうにいやいや受講してた態度からもわかる。まあそんなもんだろう。

第三部
 先日、「これはAIで描いたのではないです、お絵かきソフトで自分で描いたものです」というタイムラプス投稿が流れてきて、みごとにAI絵そのもののようなその出来上がりに、第一部のようなスーパーリアリズム臭を思い出し、それじゃAIにやらせてた方がよくないか、の気分をあらたにし、やっぱり私は、輪郭線からはみ出たあなたら自身の、そのはみ出し方の各種の持ち味の方が絶対面白いし楽しめるんだわ、の感を一層強くした。


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