「手をつないだらいってみよ」

 歌謡曲が私には関係のないヨソモノの扱いになったのは1990年代初頭だからかなりはやかったと思う。久保田某とか米米の某とかの歌謡曲はヨソモノ扱いだったので興味も懐かしさもない、いや時代がもうちょっと違うか、ZARDあたりでもうヨソモノだったか、興味が全然わかなかったので違う人らの文化なのだなと思いながら歌謡曲番組など懐メロ以外みてなかったかもしれない。今でもそれほど興味がない。数段劣った音楽として認識してるので異論のある方も多いんだろうが仕方ない、私の心には響かなかったのだ人それぞれだからそれを好きだった今も好きである方々を罵倒などはしない。趣味の違いである。BOOWYとかあそこらもヨソモノのものだ。一部しか知らん。「手をつないだらいってみよ」の全曲を無理矢理聞かされたのは去年のブックオフだ。ああ、これが全曲なのか、と感動した。「てをつーないだーら、いいてみよ」の部分はきいたことがあった。

 プレステは2からヨソモノになった。ゲームを全くしなくなったのだった。一日中、全種類の機械を購入して遊んでいた私が一気にそれらをやらなくなった。ヨソモノなので今さら始めることもきっとしないと思う。まず目が疲れてダメになるだろう。きっと今後もしない。

 携帯端末に関してはスマホ、iPhone以降がヨソモノの扱いなのであった。ガラケーは駆使していろいろ遊んだ。最後の方はただのSMS受信機と電話機能しかつかわなかったのだけど、それが本来の携帯端末の使い方なんだろう。
 iPhone系に関しては新機種が出るとみんな大騒ぎするのだけど、どこが騒ぐ当たりなのか全く理解できないのだが、これが新しい文化に興味を持てなくなった年寄りになったという証拠なのだと思う。

 そうそう、Spotify、お気に入りのアルバム全集のシャッフル再生ならまだいいかと思ったが、昨日気が付いた、十数枚組のアルバムから同じ楽曲ばかり再生するという嫌がらせを行ってきた。ブルックナー8番第四楽章と4番第一楽章は昨日何度聴かされたことか。MP3ミュージックプレーヤーでも買おうかと思ったが、基本私は無音でも生活に支障はない退屈はしない苦痛は感じない体質で、ウォークマン全盛期の90年代にも一切てをつけなかった。東京での電車移動は読書をしていた。読書に音楽は邪魔だ。
 寝起きの今も無音だ。何かのきっかけでもないと音を出さない。聴いていないCDのボックスが山ほどあるのに。いつ聴くんだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?