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【断捨離】持たざる者の没落大作戦【ミニマリスト】

2010年代に海外で広がった「ミニマリスト」というライフスタイル。
同時期に日本で喧伝され始めた「断捨離」という生き方。
表向きは、
どちらも不要なものを捨て、最低限のモノで生活するというこだわりだ。

だが実際にはこれらは、
持つものと持たざる者の格差を完全かつ最終的に固定する「プロパガンダ」地獄への誘導である。

所有から共有への誘導

サブスクリプション、シェアなどこの2010年代に喧伝された「持たざる者への誘導工作」は枚挙にいとまがない。
シェアが典型的で「モノコトを他人と共有することで所有者を不透明化する行為」だ。
所有から共有へとモノコトの扱い方の常識が変化している。

特に「コト」に対する扱い方の変化は顕著だ。
「コト」とは情報であり、
個人情報の扱いはここ20年で明確におざなりになった。
カフェに行けばスマホをフリーWi-Fiに繋いでSNSで個人情報を満天下にばら撒く。
そんなライフスタイルがもはや常識になっている。
意識の有無は脇に置くとして、
多くの人々は、個人情報を所有するのではなく、世間様と共有してしまっているのだ。

個人情報商品化についてはこの記事が微に入り細に入り詳しいのではないか。
この記事にもあるように、
1900年代は労働力商品化の時代だったが、
2000年代に入り個人情報商品化の時代へと確実に移行しているのだ。

個人情報を所有するのではなく、個人情報を商品として他者に売却し、日銭の足しにする時代になっている。
付け加えるならば1995年からのデフレ不景気によって所得が減少したため、人々は個人情報を商品化して日銭の足しにすることを強いられているのだ。
人々は個人情報を商品化して、世間様と共有することに違和感を持たなくなってきた。

これは所有から共有への誘導工作の成果であり、カフェでフリーWi-Fiに繋いでSNSで個人情報をばら撒くことが当たり前と思わせる作戦は奏功したのだ。



逆転不能な格差へ

「持つ者と持たざる者」
「1パーセントと99パーセント」
どちらも富の格差を示した表現だ。

労働力の商品化の時代が1900年代だった。
この1900年代においても資本家と労働者の間で、
所得格差・資産格差が広がって資産を持つものと持たざるものの乖離が広がっていた。
だがこの格差・乖離は逆転が可能な格差だった。
というのも労働力の商品化の時代においては、1%が99%を完全にコントロールできていなかったからだ。
しかし現在進行形の個人情報商品化の2000年代においては、持つものと持たざる者の格差は位相の違うものとなる。
2000年代においては、逆転が出来ない格差になるのだ。

では、
なぜ2000年代には99%が1%を逆転出来なくなるのかを説明しよう。

2000年代は個人情報商品化の時代だ。
持つ者とは個人情報商品をもつものであり、持たざる者とは個人情報商品をクラウドに明け渡した者だ。
個人情報を持つ者は「誰が、いつ、どこで、何を、どのように、何のために」を掌握していく。
さらにこの情報掌握が進行すればAIの爛熟とともなって「人々をコントロール」することが可能になる。
実際問題、
現在2024年現在においても、人々の多くがコントロールされている部分は相当に多い。

読者は知っているだろうか?

Yahoo!は日本の参院選の選挙結果を2013年の時点で完全に予想的中させた。
(この模様はビッグデータ探偵団・講談社現代新書に詳しい)
11年前ですらこれだけのデータ集積率と予想精度だ。
そこから11年を経た2024年現在では予想精度・コントロール精度がさらに高くなっていると見るのが自然だろう。
選んでいるように思えて選ばされているというケースは今も多いが、これから先どんどん増えていくだろう。

このように、
情報掌握による情報格差というものはこれまでの格差とは全く位相が異なる。

情報を掌握されると、
格差が解消されないように、
持つ者が持ち続け、持たざる者が持たざる者であり続けるように、
1%と99%の構成人員が変化しないように、
1%側によるコントロールが完成してしまうからだ。

個人情報の商品化が始まったのが1995年。
そこから30年を経てGAFAないしMATANAと言われるものによる情報掌握は進行している。

この情報掌握が完遂するまでがタイムリミットだが、さてどうしたものか。



断捨離・ミニマリストというGAFAの尖兵

新しい搾取体制を浸透させるためには、まず新しい価値観を浸透させなければならない。
1900年代は労働力の商品化の時代であるとともに、労働力の搾取体制が構築された時代だった。
それからのアナロジーで、
2000年代は個人情報の商品化の時代であるとともに、個人情報の搾取体制が構築されている時代となっている。

断捨離、ミニマリストといった「生活習慣のすゝめ」は、持たないことを自然に思わせるための下準備だった。
モノもコトも持たないことが洗練されている、という価値観の刷り込みだった。

モノもコトも持たないで、シェアすることが洗練されているという刷り込みによって、
所有より共有すなわち「個人情報のばら撒きシェア」が美徳とされる価値観が
蔓延している。

これにより人々はオンラインで個人情報を商品化して売却することを厭わなくなり、日夜GAFAのサーバーには世界中から個人情報が蒐集されていく。
持たざる者が持つ者に個人情報を貢ぎ、逆転の芽を完全消滅させるため日夜努力している。

このままだと早晩GAFAないしMATANAの情報掌握は完成し、
「完全なる持つ者と、完全なる持たざる者」の関係性も永遠のものとなる。

この潮流を持続可能にしているのが、2010年代に盛んに喧伝された断捨離・ミニマリストというプロパガンダ99%没落大作戦だったのだ。




愉快な仲間を募集中

では1%側の我々に、もう出来ることはないのだろうか。
このまま指を拱いて、GAFAやらMATANAにコントロールされるだけなのだろうか。

実は出来ることだらけである。
というより、もうすでに手は打ってある。

これがMATANA打倒の合言葉。

これがMATANAを打倒する楽ちんで現実的な作戦案だ。

勝てる算段はワタシがしておいた。
あとは仲間を7人集めるだけで完成だ。

こんな愉快で痛快な時代だ。
楽に楽しく楽しみながら逆転してみせよう。

年齢・性別・出自その他いろいろ不問。
とにかく愉快な仲間を待ってます。

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