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超短編小説『昭和最後の駄洒落師』


少子化に伴い全国の水族館では、入場者が激減していた。
そのなかでも皮茶水族館は、世界でも珍しい魚類の展示のほかにイルカショー・アシカショー、そして館内のランチタイムに開催される「皮茶パパの駄洒落ショー」がテレビで紹介されたことで、入場者数全国一を誇っていた。

いつものように、皮茶パパが満員の観客席にむかって駄洒落を披露しているときのこと。
「皮茶パパが何をいっているか分からない?」
観客席から悲鳴のようなささやき声が聞かれた。
この日は笑い声ひとつもないお通夜のようなステージだった。
「おかしい何か変だ」
皮茶パパは、普段どおりに駄洒落を発していたが呂律が回らなくなっていた。
スタッフに連れられて病院で精密検査をうけたものの原因不明で、駄洒落ショーは中止となった。
それからというもの、入場者数は減少に転じ水族館の存続さえ危機的な状況に陥った。
「普通に駄洒落を言っているのに呂律が回らないってどういうことだろう」
皮茶パパは、老齢による筋力の低下で発音機能が悪化したとしか考えられなかった。
そして、恐れていた引退の日が遂に訪れた。
皮茶パパは、ありのままの姿で最後のステージを飾ることにした。
慈悲深い数人の観客が最後の皮茶パパのステージを見守った。
皮茶パパは、まったく笑い声のない観客にむかって一心不乱に駄洒落を連発した。
するとなんと、一頭のイルカがまず空高くジャンプした。
そして、次々にジャンプするイルカの隣のプールで、今度はアシカがプールから駆け上がり、ウォー・ウォーと啼き始めた。
この瞬間、沈黙の続いた観客席が拍手喝采の渦になった。

皮茶パパが一心不乱に発した駄洒落は、実は非可聴音と呼ばれ、人間には聞こえないもののイルカやアシカに聞こえる特殊な周波数の音だった。
引退ショーの予定が非可聴音ショーのスタートになった。
皮茶水族館は、今でも非可聴音ショーをメインに全国から観光客を集めている。

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