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超短編小説「肥えサンマ」


今から200年ほど先の話。
脱排出ガスの気運が地球全体で広がり海水温の上昇はかなり抑えられたものの、絶滅した魚介類も多くサンマもその一つであった。

海守音子は病院務め10年の中堅看護師として働いていた。
笑顔がとても良く似合い、患者さんからも評判がよかった。
日々ストレスを抱え、息抜きにときどき近くの居酒屋でワインを嗜んでいた。
日勤が終わり、気がつくといつもの居酒屋に足が向かっていた。
「おつかれさま」
と居酒屋のマスターに声をかけられ、5席ほどのカウンターに案内されると音子は
「今日は給料日なんです」
と爽やかな笑顔で席に着いた。
小さな黒板にはおすすめ料理が書かれていたが、青いチョークの千葉産サバに目が行って
「いつものワインとお薦めのサバください」
カウンター右端にいる先客の白髪の老人に目配りしながら音子はオーダーした。
給料日という充実感と開放感が漂い、サバを焼く匂いにワインが進んだ。
「はいよー!お待たせ」
カウンター越しにマスターが脂の乗ったサバを音子に差し出した。
「わーおー。なんて奇麗な模様!食の芸術だわ」
音子が思わず感嘆すると透かさず老人が口を挟んできた。
「友だちから聞いたんだけどね、皮茶村ではサバを肥えサンマと言うらしいよ!」
「へえー、そうなんだ」
音子は不思議そうにうなずいた。

サバを肥えサンマと呼ぶなんて、どうしても納得のいかない音子は休日出勤の振替を使って皮茶村を訪れた。
皮茶村は、AI皮茶パパが水素乾電池を覆うカバードフィルムの原料となる鉱物を宇宙から持ち込んで水素乾電池の生産で世界一となっていた。
皮茶村役場に併設する皮茶記念館には、皮茶村の歴史を記した文献が残されていた。
以下文献を抜粋

2222年2月22日 村長の皮茶パパが宇宙に帰還するということで、地球の想い出にサバが御膳に出された。
皮茶パパは、お別れに幻の魚サンマが出されたと勝手に思い込んだ。
そして、御膳の感想が記されている。
「こんなに肥えたサンマを食して、地球のよき想い出になりました」
「ありがとう地球のみなさん!」
と。
これを機に皮茶村ではサバを肥えサンマと呼ぶようになったと伝えられている。
サンマはすでに絶滅して食べられるわけがない。
しかしながら、皮茶パパの脳裏にはサバを肥えサンマと勘違いしたなどと考える余地はまったくなかった。
音子はサバを見るたびに皮茶パパのこの知ったかぶりを思い出して笑った!
実は、病院で笑顔を振る舞う音子の笑顔はこの思い出し笑いだった!!ギャー

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