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アートは飽きる?飽きさせない工夫について考える

まずは,先日(2021年5月),私の研究室から発表された論文についての紹介を行います。

一般的な「アート疲労」効果はあるのか?実験室での繰り返しのアート鑑賞に関する異なるパラダイム、異文化比較に関する研究
Mikuni, J., Specker, E., Pelowski, M., Leder, H., & Kawabata, H. (2021). Is There a General “Art Fatigue” Effect? A Cross-Paradigm, Cross-Cultural Study of Repeated Art Viewing in the Laboratory. Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts. Advance online publication. http://dx.doi.org/10.1037/aca0000396

要旨の和訳(少し補っています)
美術館での研究でよく知られているのは、美術品を繰り返し見ることで、より多くの刺激を目にするようになり、美術への注意力が低下するということである。美術品を繰り返し見ることによる注意力の低下は、メディア(提示や鑑賞の方法としての作品の媒体の在り方)との相互作用の基本的な結果によるものと考えられます。経験的・心理学的美学における実験室研究について考えると典型的に複数の刺激を被験者に提示することが多く,このような注意力の低下の効果は実験室でも重要であると考えられるが、多くの発表された実験室での研究では強く複雑な関係が見られる。しかし、実験室では美術作品の繰り返し鑑賞の可能性は無視されてきた。さらに、これまでの美術館での研究は鑑賞時間を注意の代替として測定することがほとんどで、多くの実験デザインの主要素である評価については検討されてこなかった。本論文では、美術館で実証されているこの現象を実験室に移し、3つの実験室ベースの研究で、繰り返しの美術鑑賞が鑑賞時間と美の評価に与える影響を検検討した。研究1では、既に唯一行われていた実験室研究のを更新して注意力の低下を確かめた。研究2では、過去の研究の方法論的な限界を解決するために、実験への参加時間は一定としながらも視聴時間を短くするという実験参加者の能力を取り除くという新しい手順を導入した。また、研究3では、研究内での休憩の影響を調整することで、もう一つの再現性を確認した。また、研究2と研究3では、日本人とヨーロッパの人々を対象としており、対人関係や異文化間の違いを考慮した再現性のある研究となっている。これらの研究では、文化的背景にかかわらず、鑑賞時間と評価は鑑賞が進むに伴って減少することが示され、美術鑑賞における普遍的な反応を反映している可能性がある。

つまり,美術鑑賞というのは,実験室場面で(もちろん美術館での実際の場面でも),日本人でも西洋人でもその文化に関係なく様々な作品を鑑賞するにつれて鑑賞時間でも美しさの評価が鑑賞の経過と共に低下していくというアート疲労(art fatigue)というのが生じるということです。博物館疲労(museum fatigue)とも呼ばれているものです。私たちの研究では,上の論文にに先駆けて,下記のような研究も発表しています(こちらは日本語で,かつフリーアクセスが可能です)。

三國珠杏・川畑秀明 (2019). 芸術作品に関する情報が鑑賞者の行動と評価に与える影響 慶應義塾大学大学院社会学研究科紀要ー人間と社会の探究, 88, 37- 51.
要旨の和訳
これまでの研究では、美術作品を繰り返し鑑賞しているうちに、鑑賞者の美術に対する興味や関心が薄れていくことが多く報告されている。この傾向はGilman (1916)によって「博物館疲労」と名付けられた。博物館疲労は、効果的な学習や来館者の満足度などにネガティブな影響を及ぼすため、特に美術館では避けるべきであると指摘されている。これまでの美術館での研究では、美術品や展示物に関する情報を鑑賞者に提供することで、博物館疲労を防止できる可能性が示唆されている。しかし,作品情報の提供がどのような効果をもたらすのかについては,方法論的な問題もあり,明らかになっていない.本研究では、作品情報の提供が鑑賞者の行動、特に鑑賞時間と評価点に与える影響を検討した。さらに、この操作が美術館の疲労を防ぐことができるかどうかについても検討した。その結果、作品の紹介文を読む実験条件と、作品とは関係のない情報を読む統制条件との両条件で絵画の鑑賞時間が試行回数(鑑賞が進むほど)に応じて減少することがわかった。しかし、作品が時代別のブロックで提示されている場合には、鑑賞時間は変わらず、特に鑑賞開始時には増加することが示唆されました。つまり、作品の提示順を変えることで、美術館での疲労を防ぐことができる。鑑賞時間とは対照的に、評価点はいずれの条件でも上昇しました。これらの結果は、美術鑑賞者の学習過程を考慮して議論することができる。(実験条件としては,時代別にブロック化する条件と,ジャンル別にブロック化する条件とがありました)

結論として弱いところもありますが,作品の紹介文を読む実験条件と作品とは関係のない情報を読む統制条件との両条件で鑑賞が進むほど鑑賞時間が減少するが、統制条件よりも実験条件の方が明らかに鑑賞時間は長くなります。つまり,鑑賞にストーリーを埋め込んでおくのは意味のあることだろう。大抵,美術の展覧会ではいくつかのブロックに分けた展示を行い,それぞれのブロックではリード文となるような解説が書かれているのが普通です。ちゃんと読み,その後の作品についての想像を膨らませ,リード文がその後の作品鑑賞の役に立つのであれば,アート疲労は起きなくても済みそうですね。
また,作品がジャンルで分けられているのではなく,時代別にブロック化されている場合には、鑑賞時間は経過ともに減少することなく推移することが分かってきます。ジャンルで分けられて(つまり肖像画とか静物画とか)いるよりも,時代で同時代の芸術家たちの人間関係や時代背景を踏まえたストーリの方がそのブロックの中での作品の関連性や意味づけ・価値づけが容易になっていくのではないかと思います。少なくとも,これらの研究から,アートを鑑賞する中で文化にかかわらず「飽きることがある」こと,そしてそれは作品の提示順を変えることで、美術館での疲労を防ぐことができることなどが分かってきます。

また,別の機会に,鑑賞での飽きを防ぐ他の方法についても見ていきましょう。

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