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片柳拓子さんに聞く── 目が覚めたら見る、柿崎真子と山上新平の主題が不在に思える写真とは?

2023年9月中旬、東京都写真美術館のフリースペースで、柿崎真子さんと山上新平さんの写真作品を購入された片柳拓子さんにインタビューを行いました。

河島えみ(以下、河島
):本日はよろしくお願いします。さっそくですが、片柳さんが購入された写真作品2枚についてお話を伺わせてください。

片柳拓子(以下、片柳):私は柿崎真子さんと山上新平さんの写真作品を所有しています。2つとも中目黒のPOETIC SCAPEで購入したものです。

河島:いつ頃購入されましたか。

片柳:ちょうどお2人がそれぞれ展示をされたときです。柿崎さんは彼女の出身である青森の風景を匿名化して撮影されたシリーズ〈アオノニマス 廻〉(※1)を発表されたときに。一方で、山上さんの作品はPOETIC SCAPEでの初個展〈The Disintegration Loops〉(※2)のときに見つけました。彼は最近鎌倉の海の展示をされましたが、購入したのは山の作品の方です。

※1 2018年6月20日〜 7月29日
※2 2019年9月14日〜10月19日

写真購入のきっかけはワークショップ

片柳:POETIC SCAPEの柿島さんがTOKYO INSTITUTE of PHOTOGRAPHY(T.I.P.)で額装についてのワークショップをされた際、作品を制作するなら作品を買ってみた方がいいというお話をされていて興味を持ちました。同じタイミングで、何人かの作家さんに買ってみるって大切だよって言われて探しはじめて。

そして、ご縁があり、2枚ともPOETIC SCAPEで購入することになりました。POETIC SCAPEさんでは、新人から有名作家まで幅広く展示をされていて、ポートレートから風景まで様々な写真を取り扱っていらっしゃいます。行くと必ず発見があるので見に行くのが楽しいです。

河島:確かに、POETIC SCAPEさんが扱われている写真は、いつも新しい発見がありますし、見ていて精神的に落ち着きます。

作家としての片柳さんの活動のお話を伺う

河島:写真を購入された2018年には、すでに片柳さんは写真家の金村修さんのワークショップに通われていましたか。

片柳:いいえ、まだです。金村修ワークショップに通い始めたのは2019年の1月からです。

河島:その前に写真の専門学校に通われていたんですか。

片柳:写真の専門学校には通っていません。東京芸術学舎で開講されていた、タカザワケンジさんと赤城耕一さんの講座を受けて、写真って面白いなと思い、そこから写真にハマりました。その後、色々な講座を受講はしていたのですが、2018年終わり頃から制作に手詰まり感が出てきて、これは何かを思いっきり変えないと撮れなくなっちゃうなって思ったんです。その頃、運良く金村修さんと話す機会が何回かあり、憧れている先生に思い切って習うのもいいなと思って、オリャッて金村修ワークショップに飛び込みました。それが、2019年です。

河島:へぇ。

片柳:受講をきっかけに、撮るものがかわりました。以前は、ポートレートやローカルフォトと呼ばれる街の良いとこを見つけ宣伝するという視点で撮影していたのですが、発表をするにあたり、肖像権の問題などが大きくのしかかりました。その準備や対話が重要になり私には難しいなと思ったのです。そこで、ゼロから自分の生活に近いところにもう一度戻る感じでスナップに戻りました。

2010年代の中頃から写真作品を本格的に鑑賞

河島:元々写真をはじめられたのは何年ですか?

片柳:振り返ると、小学生のころからです。飼っていた犬の写真が残っています。中学時代は自由に写真を撮りたくて新聞部へ入りました。中学卒業アルバムの制作の時期になって先生から「撮ってたよな?」って言われて「モノクロですがいいですか?」と話したら、「とにかくネガを提供してください!」と言われ、提出した何枚かの写真がアルバムに載りました。ただ、ネガをまるごと渡してしまったので手元にネガも残っていないのでもったいないことをしました。

大学時代は美術系だったので作品を撮影し設置したい場所と合成しカラーコピーの出力をして課題作品を提出しました。フィルムカメラ時代なのでとても面倒くさかったのを覚えています。

本格的に写真を学び始めたのは2014年です。FUJIFILM X-E2を買ったことがきっかけです。カメラを購入したまでは良かったのですが、レンズの選び方、スピード、絞りの調整など何も分からなくて......。撮影したものを見てがっかりしました。押せば素敵な写真が撮れるってのは嘘だよね!っていう状態に。つまり、自分が思ってたものが撮れなかったんです。そこで、学びの場を探しているとFacebookで書いたところ、カメラメーカーの体験で知り合った講師の方に東京芸術学舎で開講されるタカザワケンジさんと赤城耕一さんのワークショップが開催されるので絶対行った方がいい!とすすめられて受講を決めました。そこから写真に一気にのめり込んでいきました。

ちなみに受講するまで写真を撮ることに興味があって、見ることには興味が全くなかったのでここ(東京都写真美術館)には来たことがなかったです。

河島:2014年から本格的に写真を鑑賞されるようになられたんですね。

片柳:東京芸術学舎での講義を受講したことをきっかけに写真美術館や写真が展示されているギャラリーなどによく行くようになりました。

河島:先ほど、カメラの購入のお話を伺いましたが、写真作品を制作しようと思って買われたんですか?

片柳:いいえ、違います。カメラの購入理由は色々ありますが、1つ目は、フィルムコンパクトカメラ(TIARA ZOOM)が修理不可能になったこと、2つ目は、iPhoneで撮影していると容量がすぐにいっぱいになっちゃうし、充電も持たないので思い切ってカメラを買う方が良いのではないかと思い購入しました。講座を受講していく過程で、写真作品という世界があることを知り、作品を制作をするようになったといったところでしょうか。

お気に入りの写真1枚目: 柿崎真子〈アオノニマス 廻〉シリーズから

柿崎真子〈アオノニマス 廻〉より

河島:さっそくですが、購入された最初の1枚について教えてください。何がきっかけで写真を購入されたのでしょうか?

片柳:評論家のタカザワケンジさんが写真家の柿崎さんとトークイベントをされていて非常に面白かったので、これは購入のきっかけとしていいな、と思いました。彼女の作品の中に忘れられないイメージがあって「もう一回見たいです」と翌日ギャラリー(POETIC SCAPE)に尋ねて、この写真を購入することにしたんです。
写真集も一緒に販売されていたのですが、プリントの方がイメージがいいなと思って、購入することにしました。2018年のことです。

河島:柿崎真子さんの写真には何が写っているんでしょうか?

片柳:柿崎さんの写真は崖というか洞窟というか。おそらく、彼女の出身の青森なんですよね。タイトルは〈アオノニマス 廻〉。青森のアオと「匿名」という意味の「アノニマス」という言葉が混ざっています。タイトルの通り、写っている場所の詳しい情報も実は分かりません。秘匿性のある作品なので、それが逆に面白くて気に入っています。

他にも、アブストラクトな作品もあったのですが、「何かハッキリとしたものが写っているのにも関わらず、どこなのか分からない」というのが、この写真の面白いところだと思います。同じシリーズの他の作品では、水を撮っていらっしゃったので、水辺のそばのはずなんです。でも、購入した写真は見れば見るほど、前後にどんな風景が広がっていたのか分からなくなる。そこが魅力です。

河島:そうですね、そう言われてみるとやはり迫力がありますね。柿崎さんは、このシリーズを発表されたのはPOETIC SCAPEが初めてだったのでしょうか?

片柳:2012年に私家版の写真集を出されて、その時期に東京の森岡書店で最初の個展を開かれているようです。いくつか回を重ねて、POETIC SCAPEでは2018年に個展を開催されました。同年には蒼穹舎より写真集が発売されています。

河島:私家版からはじめて、何年もコツコツと作品を制作されていたんですね.....。

購入された、柿崎さんの作品はおうちのどんなところに飾られていますか?

片柳:目が覚めたときに見える場所です。ちょうど起きるときの視線に柱があるのですが、そこに山上さん、その隣の壁に柿崎さんの写真を飾っています。

部屋の様子

片柳:部屋の光の差し込み方によって、見え方が変わるので、毎日みても飽きないんです。季節の移り変わりにも敏感になります。カーテンを開けるたびに陽の光があたる場所が異なります。夜は夜で、部屋の照明が昼間の太陽の光とは別の角度から照らすので、またいいんですよ。

河島:光を制御してできあがった作品に、自然光や人工の光をあててさらに楽しむ。なんて素敵な。

お気に入りの写真2枚目: 山上新平〈The Disintegration Loops〉シリーズから

片柳:次に、こちらの植物が写っているものが山上さんです。

河島:葉が落ちてしまった枝の合間から新緑のようなものが見え隠れしていますね。待ち望んだ春の訪れを喜んでいるような作品だとも受け取れます。

山上慎平〈The Disintegration Loops〉より

河島:何かグッとくるものがあって購入を決められたのでしょうか?

片柳:山上さんの作品は、会場で座って作品をかなり長い間見つめてしまい、離れられなかったことがきっかけです。柿崎さんも山上さんについても、あまり、彼らの人生については知らなくて。今回、インタビューを受けることになって少し調べて、初めて年齢も知りました。購入のときはイメージが好きかどうかだけで購入を決めました。

河島:確かに、ついキャプションや経歴が目に入ってしまうこともありますが、イメージの帯びる何かしらに惹かれるって、私もあるので共感します。しかも、この2つの写真はどちらもお互いが馴染んでいていいですね。どちらも人の気配がしない。自然の写真というのも、毎日見るのには心身によさそうです。

片柳:でも、自然だからいいとかそういう話でもないんですよね。毎日同じものをなんとなく見ているという感覚はないんですよ。画面の中の異なる場所に毎回目がいきます。「見せたいものがどこなのか、その主題がはっきりと示されていない」というのが、この2つのいいところなんじゃないかと思います。もちろん、作家さんには主題があるのだと思います。しかし、私には分からない。わからないから写真の中から何かを探す、そんなところが好きなんです。

河島:ポスターのように、明らかに訴えたい主題があって、画面の中心に何か目立つ被写体があって......という構成とは確かに異なっていますね。おそらく、ギャラリーの中には他にも作品があったと思うのですが、なぜこちらを購入されたのですか?

片柳:確かに他にたくさんの作品が並んでいました。しかし、その中で目が離せなかったり忘れられないイメージというのがあるんだなと気がついたから購入を決めたのだと思います。柿崎さんの作品が部屋にやってきたことで飾る場所についても意識するようになったと思います。なので、山上さんのは、もうここに飾ろう!って、すぐに今の場所に決まりました。

河島:そういえば、柿崎さんも山上さんも、写真集を出されていますね。山上さんは最近、2冊目(『liminal (eyes) YAMAGAMI』)を出されました。

片柳:山上さんの写真集『Helix』は持っています。片面がモノクロ、もう片面がカラーのおもしろい構成になっています。いよいよここ(東京都写真美術館)で開催される新進作家展にまで選出されて......。すごいですね。

河島:インディーズの頃から追っかけてるバンドが、メジャーデビューするような嬉しさですね。ギャラリーで好きな作家を見つけるって、そういうことなんですかね。

片柳:私は、ミュージシャンのインディーズからメジャーへの追っかけはしたことないのですが、確かに、大きな会場にステップアップするのを応援する感じと似ているかもしれませんね。毎日、自分で探した好きな作品を目覚めたときに見られるのは本当にいいですよ。この2つの写真作品を購入した頃の私は、撮っているけど、撮れていないという感覚がありました。そんな中、他の人の作品を購入してよく観察するという行為は、その後の制作に繋がった気がします。

なぜ、この2つの作品を部屋に掛け続けたい心境になるのか?

河島:購入された2つの作品はたまに掛け替えたりされるのですか?

片柳:それぞれ購入した年からずっと掛けて鑑賞を楽しんでいます。

河島:ということは、365日かける数年、柿崎さんの場合は2018年だからかける5年。

片柳:すごい好きなんですよ。もはや、経年劣化さえも楽しもうと思っています。

写真って何かなと思うんです。いつも見ながら。何で好きなのかなって毎日考えてます。写真を購入してからの方がギャラリーに作品を見にいく回数も増えました。昔は週末に1〜2カ所だったのですが、最近は週末に2~3カ所はギャラリーや美術館に足を運んでいます。もちろん、見にいけない日もありますが......。

河島:部屋に飾って作品を鑑賞するようになって、心境の変化はありましたか?

片柳:なぜこれに惹かれるのか、なぜ違和感を抱くのか、ずっと考えています。たぶん、自分で選んでいる写真って単に「癒されるな」という感情とはまた別なんです。見ていて「幸せになる」とか、「瞑想できる」ということでもないんです。どちらかというと自分が考えていることが写ってしまっていると言った方がいいかもしれないです。

河島:なるほど。

片柳:本当に写真っていいんですよ。私、映画は長くて時間を取られているみたいな気がして苦手なんですが、1つアート作品を部屋に置くことで、部屋の隅っこであったとしても、存在感があって日常的に勝手に頭に引っかかってくる。その刺激が心地よいです。よく、「写真(プリント)を買ってみた方がいいよ」と言われますが、この2作品を購入し、所有するってこういうことなのか、と体験できました。

ちなみに、柿崎さんの展示サイズは、現在所有しているものの4倍くらいの大きさだったかと思います。部屋に飾ることを考え、展示サイズの他に小さいサイズの販売があったのでそちらを購入しました。山上さんの作品は、この会場ではこのサイズでの展示販売でした。

写真の場合は、作品によって多様なサイズで販売されていることがあります。自分の生活に合った作品サイズを選べるのが良いところだと思います。どちらの作品もPOETIC SCAPE柿島さんに丁寧に額装していただきました。

他にも、少しずつ買い集めている好きな作家の作品

河島:気になったので、質問します。もし、他の作家さんの作品をもしお持ちでしたら教えていただけますか?

片柳:プリントではないのですが、金村修氏の2019年制作「Public Damage」と小松浩子氏の「Silent Sound」特装版などを所有しています。

2019年にTokyo Art Book Fairが初めて東京都現代美術館で開催された際、金村修さんのA3くらいの大きさのコラージュの作品「Public Damage」を購入しました。1枚にぎっちりとコラージュされているんですが、「これはZINEです!」って言って売られていました。思わず笑っちゃいましたね。凄すぎて笑うしかなかった。そして、購入を即決しました。

2022年に手に入れた小松浩子氏の「Silent Sound」の特装版は、カタログが写真で梱包されています。開けたいけど、開けていいものなのか、逡巡しつつ大切に飾っています。

きっと、作品を買う人は手に入れると何か得るものがあって、そして次に向かって探しに行くんじゃないかなと思います。

好きな作家の意外な共通点

片柳:これは余談ですが、柿崎さんの写真を見たときに、すごい好きだな!と思ってどこで学んだ方なのか聞いたんです。そしたら日吉(東京綜合写真専門学校)の出身だった。私、日吉の作品って、すごく好きなんです。

河島:何か他と違うんですか?

片柳:あまりよく分からないんですが、好きだな〜と思うと日吉出身って書かれてるんです。何か匂いか何かを嗅ぎ分けているのか(笑)。私はそこでは学んでいませんが、卒業生である金村修氏、同校で教鞭をとられているタカザワケンジ氏から写真について教わったのは大きいのかもしれないです。

河島:何か違うんですかね。他の学校と教育方針が。

片柳:本当に分からなくって。でも、本当に好きな作家のプロフィールを見ると、必ず「東京綜合写真専門学校」って書いてあって。なので、作品を購入した柿崎さんも、日吉出身だと知って、彼女もなんだ!縁があるなぁと。

写真鑑賞の記録やよく訪れるギャラリーについて

河島:片柳さんは、かなりギャラリーを回られている印象があります。

片柳:昨日の時点で、今年は125本見ていますね。今年は記録をつけています。

河島:どのように記録されているんですか?

片柳:日付とギャラリーと展示タイトルだけ紙の手帳に書いています。3年日記を今年からつけていて、順番に数値を付けていけば、今いくつ見ているか分かるから楽チンです。今年は、かなりたくさん見ていますね。基本的にすすめられたら見に行くようにしています。

河島:どうやって展覧会を見つけているんですか?

片柳:金村修ワークショップでお薦め頂いたり、TwitterやFacebookなどで情報収集します。

私がよく行くのは、IG Photo Gallery、POETIC SCAPE、Alt_Medium、flotsam books、The white、TALION GALLERY、資生堂ギャラリー、銀座メゾンエルメスなど。あと、Sprout Curationさんもいいですね。

中でも、コマーシャル・ギャラリーには、購入可能品が並んでいます。プライスリストを見てみるのも良いかと思ってます。

ただ、作品に目が慣れるまで時間がかかるので、できれば、会期中に2〜3回は行きます。作品を買ってから気がついたのですが、作品を何度も見ることで、やっと作品を見れるようになる感覚があるんですよ。

その点、IGは18:30まで開いているので、仕事が終わった後に何度も見に行っています。以前は20:00までだったので、他の展示を見終わった後に行けばよかったんですが。ちょっと閉まるのが早くなって残念です。

河島:土日はもうパズルみたいにスケジュールを決めて一気に回っていくって感じですよね。

片柳:そうなんですよね。その為に会期・場所・開場時間などをメモして、予定を組んでいます。

今、私がたくさんの展示を見にいくのは、部屋に購入した作品を置いたことにより、作品とコンタクトをとる方法を学んだからではないかと思っています。そのおかげで展示を見れば見るほど楽しい。それは、どんどん新しい扉が開いていく感覚なのです。

私の周りには、榎本八千代さんや石井陽子さん、上瀧由布子さんのように作家をされつつコレクターをされている方もいらっしゃるので、ぜひ機会があれば他の方の集めていらっしゃる作品についても知りたいです。

本日はありがとうございました。

河島:こちらこそ、ありがとうございました。

今回お話を伺った人・片柳拓子さん
1974年生まれ。東京出身・在住。時間の経過とともに変化する物質の美しさに関心を持って撮影している。 使用カメラはSONY RX100Ⅲ。2024/6/7-6/19 Alt_Mediumにて展示予定。 Instagram:takupo3915 、x:@takukatay4
hp:https://takukatayan.wixsite.com/top-takuko

聞き手・河島えみ
友人に写真美術館に連れていってもらったことがきっかけで2010年代後半から写真鑑賞にはまる。以後、国内外の写真展を見るのが趣味。熊本市出身、東京都在住。

編集協力・新井悠真

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