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2023.7.30 ホックニーとハースト

ヨークシャーで学んだ2人


街を歩いていると日傘をしていても、記憶が飛びそうなほど暑い。しかし、先日訪れた東京都現代美術館は都会のオアシスにのように思えた。会場にはブランケットが用意されているほど美術館はキンキンに冷えている。

時計の針を戻すと、2022年春にダミアン・ハースト展が国立新美術館で開かれ、賛否両論はあれど、大変盛況だったように思う。そして、今年の夏にはデイヴィッド・ホックニー展。この2人は共にイングランドの北部・ヨークシャーで絵画を学んだ世代を超えたライバルのような存在であり、この2人のアーティストの言動はいちアートファンとして、はたからみていて楽しい。もう少し生まれた時代が近ければ、家を行き来しあう同志になっていたかもしれないし、グループを結成していたかもしれない。しかし、2人はそうはならなかった。

まず、2人について話す前に、学芸員さんにお礼を言いたい。季節に応じた展示を企画してくださりありがとうございます。ダミアン・ハーストの桜展はコロナ禍の春に行われたため、美術館の中でピクニック気分を満喫できたし、今回のホックニー展は名作のスイミング・プールやスプリンクラーをモチーフにした絵画を35度を超える真夏に観ることができた。どちらも、展覧会の季節が秋や冬であったら、鑑賞者にとって季節外れのものになるので、文脈が違っていたと思う。

デイヴィッド・ホックニー展の1階は撮影OKだったのだが、下のような絵に目が留まり、笑ってはいけないのかもしれないが、ちょっと笑ってしまった。どこかで観たことある……!?そうだ、ダミアン・ハーストの桜の点描に似ている!こんなことを言ったら、ホックニーは「ハーストと私を一緒にしないでくれ」と怒るかもしれないが、影響を受けたくなくても潜在的に似てしまう、そんな関係なのかもしれない。あるいは、ホックニーの方がこの絵を描いたのが先なのだろうか。どっちにしても、興味深い。

ホックニー作の春の樹木。桜なのだろうか。

私は似ていると思ったのですが、皆さんはどうですか?

ハーストを批判するホックニーとアーティストの分業制について

10年以上前のできごとだが、ホックニーがヨークシャーで描いた絵画を展示する際にこんな一文を添えたそうだ。

「展示されるすべての作品は、画家本人がたった1人で制作したものです」。

これは、ハーストがお金を払って、アシスタントに作品制作をさせていた事実に対する批判である。そのあと、数年を経てハーストは改心?して、桜の絵を一人で描き始めたらしい。凄まじく意識しあっている、この2人。

しかし、アシスタントに絵を描かせている人は昔からたくさんいるのも事実なので、私としてはなんとも言えない。(年々作品は巨大化しているし、個展を頻繁に開いているアーティストも大勢いるので、アシスタントがいないと完成しない人の方が今では多いのではないだろうか?)いわゆる工房制にして大量に絵を生産できる体制を作っていた人の中には、あのルーベンス(※1)もいる。2018年国立西洋美術館で観たルーベンス展でも、同じ作家が描いたとは思えない作品がいくつも潜んでいて(※2)、「本当にこれはルーベンスか?!」「入りたての弟子に描かせたんじゃないか?」と一緒に観に行った友人と語り合った。でも、それでも私はルーベンスが好きだし、クオリティ・コントロールは苦手だったかもしれないけれど、外交官として働きながら大作を残した彼はやはり一目を置かれる人物だったに違いないと思っている。

ホックニーの名作はどれ?

話は変わるが、たびたび私が絵画を観るときに頼りにしているピーター・シェルダールという美術批評家がいる。肺がんで昨年の秋に亡くなったことを、今朝、彼の本『HOT, COLD, HEAVY, LIGHT』を久しぶりに読み返した後にネットで知ってショックを受けた。作家や俳優は海を超えるが、批評家は海を越えにくい存在らしい。肺がんで余命わずかであることは知っていたが、彼の死に気づいていなかった自分を恥じた。

シェルダールは絵画について語るのが好きな美術批評家で、エッセイ調でとても読みやすく、同時にスパッと切れる語り口で読者を魅了をした。

その彼が亡くなる3年前の2019年に出版した『HOT, COLD, HEAVY, LIGHT』では、ハーストについての評は編集でカットされていた(※3)が、ホックニーについての文章は掲載されていた。1988年5月11日に『7 days』に寄稿された文章には、ホックニーの「最近のキュビズムの模倣みたいな作品はつまらん」と書いてあったのだが、プールの絵やポートレートを褒めちぎっていた。その文章の中で作品名を取り上げるほど、彼が気に入っていた一枚はDivineというアメリカで1980年代に活躍したドラッグクィーンを描いたポートレートだ。マティスからの借用のような描き方ではあるが、そういう技法を抜きにしても、よく観察して描かれたDivineのチャーミングで威厳のある姿は傑作だと評している。Divineは普段はピッツバーグのカーネギー美術館で見られるとのこと。シェルダールの文章を読んだら、ポートレートの展示室をもう一度みるために清澄白河に行きたくなった。


※1 ルーベンス(1577-1640)は、アニメ『フランダースの犬』で主人公のネロがアントウェルペン聖母大聖堂で最期にみた絵画の作家。
※2 国立西洋美術館 主任研究員 渡辺晋輔さんは「一部工房作や帰属作を含む」と指摘している。
参考URL:https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/diary/diary_051.html

※3 2012年のNew Yokerの記事にハーストを取り上げた批評文が掲載されていた。https://www.newyorker.com/magazine/2012/01/23/spot-on

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