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きゃたいさんに聞く── 混沌のなかに在るゆるやかな生活を垣間観る。 中国、台湾、タイといったアジアの写真収集の面白さとは?

2023年10月下旬、南阿佐ヶ谷の台湾茶カフェ茶嘉葉(ちゃかば)で、中国や台湾、タイといったアジアのイメージが映る写真を収集しているきゃたいさんにインタビューをしました。

河島えみ(以下、河島
):本日はインタビューを受けてくださり、ありがとうございます。まずはじめに、なぜ写真を観るようになったのか教えていただけますか?

写真を好きになったきっかけ

きゃたい: 写真を見始めるきっかけになったのは、イラストの専門学校に通っていた時でした。
授業のあと、講師の方が「この間、初めて人の死体の写真を観たよ」と恵比寿の東京都写真美術館の報道写真展に行った話をされました。

その言葉に衝撃を受け、この目で確かめたいと思い初めて写真美術館に行くことにしたんです。
そこで展示されていたロバート・キャパの写真が気になって、写真家集団マグナム・フォトにも興味を持つようになりました。それまでは、イラストや絵画といった展示も観ていましたが、報道写真展を機会に様々なジャンルの写真を見に行くようになったと記憶しています。

河島:東京都写真美術館にいちばんよく足を運ばれますか?

きゃたい: よく行くのは東京都写真美術館ですね。2016年にリニューアルしてからもよく行っています。お正月の美術館はじめは「TOP Museum」です。お正月の期間は無料で入れるのもいいですね。写真展だけではなく、コンサートや恵比寿映像祭などのイベントにも顔を出します。

河島:他に、お気に入りのギャラリーはありますか?

きゃたい: 新宿御苑のTOTEM POLE PHOTO GALLERYは比較的アジアのとがった写真が見れるので注目しています。まだ、何度かしか行ったことがないので、気になるものがあればまた足を運びたいです。

もう一つは、シャネル・ネクサス・ギャラリーです。ファッション系の写真が多いので、定期的にチェックしています。シャネル・ネクサス・ギャラリーは入り口が正面からじゃなくて、裏口から異空間に入る感じも面白い。関係者しか入れなさそうな雰囲気がありますね。

河島:秘密の場所みたいなところがいいですね。

きゃたい: まだまだお気に入りのところはたくさんありますが、最初に思い浮かぶのは今お話した場所ですね。

河島:ありがとうございます。きゃたいさんとはX(旧twitter)で出会いましたが、最初はきゃたいさんの森山大道の写真集に関する投稿をみて話したのがきっかけでした。

当時から、アジアの写真集がお好きでしたね。

きゃたいさんのアジアの写真集5選

きゃたい:今日は写真のプリントも持ってきましたが、最初にお気に入りの写真集を5つ紹介するところからスタートしてもいいですか?

河島:はい!ぜひ。一冊目をお願いします。

きゃたい:これは『複眼(ふくがん)』 (2010)という写真集です。(※1)

榮榮&映里『複眼(ふくがん)』 (2010)

中国人写真家の榮榮(ロンロン)さんと、日本人の映里(インリ)さんのご夫婦の回顧展が元になっています。どこかの展覧会で、表紙の写真と全く同じものを見たんですよ。
そこから、ずっとこのビジュアルが頭に残っていて......。でも、そのとき名前を控えるのを忘れていたので、なかなか作家さんを探し出せずにいたんです。困っていたら、ずっと後になってインスタか何かで偶然この写真を見かけて、死に物狂いで写真集を探しました。最終的に、吉祥寺の「百年」という古本屋さんのオンライン書店で見つけて、買うことができました。これは元々映像だったのかな......ちょっと分からないです。途中でフィルムっぽい作品もあります。

※1『Compound Eye Works by RongRong & Inri 2000-2010』

河島:素敵ですね。

きゃたい:すごく大好きなんです。2021年のコロナ禍のときに買いました。

河島:書籍の中の言語はほとんど英語と中国語。日本語がちょっとだけ入ってますね。

きゃたい:2000年から夫婦で活動をされているそうです。2007年、ロンロンとインリはスリー・シャドウズ・フォトグラフィー・アートセンター(※2)を北京に設立しましたと書いてありますね。若手の写真家を発掘するための写真賞も設立していて、最近では国際的にも評価されているカップルですね。

※2 中国語では三影堂撮影芸術中心(北京)と表記。

河島:2019年の10月末に映里さんは来日されていますね。その年に、東京藝術大学のキャンパスで開催されたT3 PHOTO FESTIVAL TOKYO 2020のプレイベントで、「アジアにおけるフォトフェスティバル」という題目でトークイベントがあり、そちらにいらっしゃいました。そのときに、スリー・シャドウズ・フォトグラフィー・アートセンターの設立の苦労話をされていた記憶があります。

同じイベントに、シンガポール国際写真祭のファウンダーの女性グウェン・リーさんや台湾のキュレーターのウー・ジャパオさん、韓国の写真評論家のキム・スンコンさんもいらっしゃって、アジアの写真文化のお話を拝聴できる素晴らしいイベントでした。無料だったので驚きです。

きゃたい:わぁ。私も行きたかったです。

河島:写真集の話に戻りますが、Compound Eyeというのは日本語では複眼ですが、トンボとかもそうですよね。「視野を広げる」という意味もあるかもしれないですね。

きゃたい:なるほど。本当は本の中に書いてある中国語も読めたらいいんですが。しかし、読めなくても十分に面白さが伝わる1冊であることは間違いないです。

河島:それでは、2冊目をおねがいします。

きゃたい:次は『In Tropical,』(2019)です。これは、ルー・イールンとリン・イーチーの2人による作品なんですが、2011年から2016年まで台湾の眷村(※3)に移住して撮影したドキュメンタリー的な写真作品集です。

ルー・イールン、リン・イーチー『In Tropical,』(2019)

台湾にPAR STORE(パーストア)というバンド(※4)の元メンバーが経営しているショップがあって、ちょうど2020年に「今ならオンラインショップが送料無料だよ!」と、友人に声をかけてもらったんですよ。CDやカセット、Tシャツなどを扱ってるお店なんですが、その中にこの写真集もあって、中身は見れないけど気になって服と一緒に買いました。

『In Tropical,』より

PAR STOREは、音楽好きの人がやっているからか、カルチャー色が強いですね。眷村の街の風景を眺めると、いつか行ってみたいという気持ちになりますね。現地の人の生活を垣間見れるような写真がいいです。

『In Tropical,』より

※3 眷村(けんそん)は蒋介石が率いる国民党と毛沢東の率いる共産党の内戦を背景に、1950〜1960年代に中国大陸から台湾に移ってきた人々のために建設された住宅がある地区のこと。現在は改修され、アーティストなどに住宅が貸し出されるなど新しい動きがみられる。
※4 透明雑誌という台湾のバンド

河島:手にお持ちの本は3冊目ですね。

きゃたい:これは2022年のTOKYO ART BOOK FAIRで買った本です。タイトルは『Photo Bubble Tea』(2021)です。台湾の写真家のテイコウケイさんとショーン・ワンさんの写真集です。

テイコウケイ、ショーン・ワン『Photo Bubble Tea』(2021)

河島:TOKYO ART BOOK FAIRは広いので、何を見つけにいくかによって出会う本が変わってきますね。もちろん、偶然の出会いもありますが。

きゃたい:やっぱり、私はアジア系の本をめがけて行きました。好きなんですよね。

河島:ちょっと本の中身を読みますね。

この裏表紙に書いてある文章を訳すと、「最近、写真に関して生まれてくる会話や、描写みたいなものが現代アートの文脈か、あるいは大学で勉強したアカデミックの文脈でしか写真が語られていないから、それを一旦置いておいて、写真家が本当に自由に撮影して書き散らすということをやりたかった」と。

いい本ですね。

きゃたい:そこまで読まずに手に取っていました!(汗) 写真をみていいなぁと思ってただけなんですけどね。

河島:選書のセンスがめちゃくちゃいいです。おそらく、旅行先で写真家の2人で思考を巡らせ、話したことがここに書かれているはずです。中国語だから、なかなか私も読めませんが。

おそらく、難しい写真の話や現代アートの話ではなくて本当に素直に見て感じたことを書いてるんだろうと思います。

きゃたい:私は全く海外の言葉が話せなくて、曲なら歌詞をググったり、映画なら字幕を見る選択ができますが、本だと文章検索の手間が面倒で調べないことが多いんです。

河島:言語を介さずとも良さが伝わっているという証拠ですね。タイトルもかわいい。Bubble Teaだからタピオカ・ティーのことを言ってますね。台湾らしい。

きゃたい:そして、これは4冊目の『KLONG TOEY』(2017)です。東京都写真美術館で購入しました。

橋本裕貴『KLONG TOEY』(2017)

河島:国はどこですか?

きゃたい:タイですね。

河島:写っている人の表情や洋服、街の雰囲気がこれまでのと全く違いますね。

きゃたい:タイ最大の人口密集地クロントイ・スラムを日本人の写真家・橋本裕貴さんが撮っています。再開発の計画が持ち上がる街の記録のような一面を持っている写真ですね。タイって1回行ったことがあるんですが、空気がよくない。ヤードムっていうミントのアロマスティックがあって、鼻の通りをよくするために滞在中はよく吸いました。

河島:旅行雑誌のTRANSITの編集者の方がこの写真集に寄稿されていますね。街の人の生活の様子や朝ごはんの話、例えばチキンスープや肉団子のことについて書いていらっしゃいます。ここでも、きゃたいさんが好きな「生活の風景」が出てきていますね。

きゃたい:前から、パラレルワールド的な作品よりも身近にありそうなものの方が好きなんです。映画や小説といった他の分野も、フィクションやSFはめっちゃおすすめ!と言われないとあまり見ないですね。ドキュメンタリーの方が好みです。

うまく説明できないけど、その街で暮らす日常や温度感を感じられるもの…それが明るくても寂しげでも、自然な表情が垣間見れるものが好きです。音で言うと街の雑踏も嫌いじゃないし、家にいるときの静かな空間の中で流れるパソコンや換気扇が発する生活音みたいなものも、耳心地が良くて好きなんです。

河島:そして、ラスト!5つ目の写真集の紹介をお願いします。

きゃたい:これは、台湾の写真雑誌『ヴォイス・オブ・フォトグラフィ』(『撮影之聲』)から2017年に出た『SHOUT』です。これは、装丁がすごいんですよ。開けるのが超大変なんです。作りの発想が面白いのですが、開きそうで開かないんです。無理やり開けていいのかな。内側にも写真が入っています。

『SHOUT』(2017)By VOICES OF PHOTOGRAPHY

河島:不思議ですね。

きゃたい:破っていいのかな。

河島:観てもいいですか?

きゃたい:はい。どうぞ。

河島:4人の若手の台湾アーティストを取り上げて、「型にはまらない感じで編集しました」と説明書きがしてあります。

簡単にページをめくれない造本

ヴォイス・オブ・フォトグラフィの編集長も昨年のT3 Photo Festivalのトークイベントに来ていらっしゃいましたが、新しい作家を紹介したい気持ちに溢れている方だったんですよ。こういうやり方で作家の作品を制作されていたのは知りませんでした。

きゃたい:これはお店に見本がなく、買わないと中身が観れない状態でした。なのでもう買うしかない!と思って手に入れました。これも東京都写真美術館です。

河島:「読み手が壊すように設計してます」とも書いてありますね。「破るなり、切るなり、色々やってください」だそうです。

きゃたい:面白い!

河島:よく見つけましたね。

きゃたい:見つけることができてよかったです。

河島:これ、最初見たときは困りましたよね。開こうと思っても開けない。

きゃたい:そうなんですよ。でも、えみさんに会って持ってた作品について知らなかったことが、色々解決しました。ありがとう。

河島:いえいえ、こちらこそ。

中国の日常生活を撮影し続けている竹之下三緒(たけのした みお)さんの作品を購入

河島:次に、きゃたいさんのお気に入りの写真作品について伺いたいと思います。

どなたの作品を購入されましたか?

きゃたい: 竹之下三緒さんの写真展で〈中国、食にまつわる風景〉というシリーズから1枚購入しました。この作品をみた場所は日暮里です。The Ethnorth Galleryの2階ですね。

竹之下三緒〈中国、食にまつわる風景〉シリーズより

コロナ禍に入る前の2019年の春頃に伺いました。

中国の家庭の台所とか、お皿だとか、生活を垣間見れるような写真が展示されていて惹かれました。

河島:実際に、中国のお皿と一緒に展示されていたんでしょうか?

きゃたい: そうなんです。もう写真を観た瞬間「親戚の家?」ぐらいの落ち着きがあるな〜と思って。見知らぬ場所だけど、なんだか懐かしさを感じるものがあって....これは自宅に持っておきたいな、と第一印象で決めました。

河島:これは調べて見に行ったんですか?それともたまたま通りかかって観に行ったんですか?

きゃたい:どこかで、 DMを見て、この写真を観にいきたいなって。他の展示も大抵それですね。チラシの写真を見て、良さそうと思ったら行きます。普段は、美術手帖かTOKYO ART BEATを参考にしていますが、ギャラリーに行くと必ずチラシエリアをチェックして好きなものを見つけます。

ギャラリーを訪れたときに、ちょうど竹之下さんが在廊されていて、ちょっとお話しました。作品を買う方法を尋ねたら、展示が終わったら家に配送してくれるということで、送料込みで5,000円だったはずです。あまりに衝撃を受けて「ゼロが一つ足りないんじゃないですか?」って聞いた気がします。額付きで5,000円。

河島:しっかりした額に入っていますね。

きゃたい:本当にありがたかったです。

河島:この写真は家庭かあるいは食堂のようですね。

きゃたい:窓に文字が書いてあるから食堂っぽい。

河島:たしかに。器がかわいいですね。

きゃたい:使い込まれたほうろうの食器もあります。作家さんの書いたテキストを読むと、「砂糖がたっぷりの甘い卵のスープがお茶代わりに出された」とありますね。

河島:作家さんが中国に行って旅してふらっと入った食堂で食事を楽しんでいるときに撮った写真って感じでしょうか。きっと。

きゃたい:どうなんでしょう。シチュエーションは細かく書いてないので分からなかったんですけど、元々プロフィールに留学されたと書いてあって。

河島:そうか、それだと留学中に撮影された可能性もありますね。

きゃたい:ちょうど20年前の2003年から2005年に上海に滞在されていたそうです。その後は、年に1回行かれているみたいですね。人は写っていないけど、人の温かい部分みたいなものをこの写真から感じます。自分もアジアエリアに住んでいるし、食べることも好きだし、生活が似ているから観ていて共感しやすいかもしれないです。好きなものが完全一致していた展示でした。

日常に定着している光景...箸で食べたり、お茶碗に入ったスープがあったりとか。そういうものを見て、安心感に浸ります。展示を観に行った後、中華料理屋さんに駆け込んで、小籠包とビールを頂きました。とても晴れていい天気だったんですよ。

写真も素敵でしたが作家さんのプロフィールに「大学の第二外国語で中国語を選択するも、やる気不足で習得に至らず。」って書かれていたところがかなり好きでしたね。

河島:誰かが作ったものと向き合うときに、経歴や賞歴ばかりがずらりと並んでいるよりも、ゆるい感じが入りやすかったのかもしれないですね。

きゃたい:言葉のゆるい表現が本当によかったんです。機会があったら、また展示を見に行きたいです。本当は私も中国に行きたいんですが、中国はビザを取るのも最近はめっちゃ時間かかるんですよね。9月頭ぐらいに月末に中国に行こうかなと思ってたんですが、今は観光ビザがなくて......。ちょっと前は15日間くらいはノービザでいけたんですが、それがもう撤廃されたんですよ。ビザの申請のための予約も時間がかかるので、中国に行くには余裕を持って3ヶ月前ぐらいに申請しないと難しそうですね。

河島:なるほど、知りませんでした。旅行にいく際には注意しますね。アジアに一貫して興味をお持ちなので、今日は興味深いお話を聞けて楽しかったです。アジア系の写真を見つけたらまた教えてください。

きゃたい:こちらこそ、ありがとうございました。また、会いましょう。

台湾茶最高!

撮影協力:台湾茶カフェ茶嘉葉(南阿佐ヶ谷)
アジアの写真をお持ちいただき話す回だったので、2人で話してこちらのお店に決めました。本格的な台湾茶が楽しめてとてもいい時間を過ごせました。また行きたいです!

今回お話を伺った人・きゃたいさん
東京都在住。WEB・グラフィックデザイナー。
アジアのHIPHOPを広めるパーティー桃源飛行(TAOYUAN FLIGHT)主催。
https://www.instagram.com/taoyuan_flight/ 
2024年2月24日(土) に桃源飛行の主催するイベントが渋谷で開催予定。

聞き手・河島えみ
友人に写真美術館に連れていってもらったことがきっかけで2010年代後半から写真鑑賞にはまる。以後、国内外の写真展を観るのが趣味。熊本市出身、東京都在住。

編集協力・新井悠真
ときどきアートの話をする弁護士。

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