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フットボールの無い土曜日(épilogue)

知らせを受けた時
何となく 分かっていた

正直あまり覚えていない
動揺はしない様に 冷静に
でもこみ上げてくるものはあって

それを吐き出した時に
その正体はただの感謝の言葉だった
あまりに自然に出て来たから
自分で自分に驚いた

〝本当に感謝しかないんです〟

・・・‥‥…………………‥‥・・・


やるべき事の整理はしていた
今シーズンの開始に その名が連なった時に
覚悟の年になる予感はあった

本音では来てほしくないその時

ただ 選手である以上 その時は必ず来る
事前に分かっていればまだマシで

試合や練習での致命的な怪我

考えたくもないけれども
予期せぬ別れを悔やむ事はしたくない


それが頭に過ぎってしまった時に

どうしても苦しくなった

手放しで喜べない程には
想い入れをし過ぎてしまっていた

選手としてのキャリアをここで燃やすために
どれほどの痛みを苦しみを葛藤を
たった独りで引き受けているのか

私には推測れない

飄々と悠々と穏やかにあり続ける中に
どれだけのものを抱え抗っているのか

あの強さで隠されたものに


・・・‥‥…………………‥‥・・・

その時のための準備
何ヶ月もかけて考えては
状況の変化に合わせて直して
何百回も推敲した

だから書き上げるのはすぐ出来た

それでも
こんなに準備していたのに
いざその時が来たらやはり時間が足りない
やっぱり未来の自分を信用しなくて良かった
失敗しても良いけど 後悔はしたくない

リリースがついに出た

あぁ、決まったんだなぁと

今は 落ち込んでいる暇なんてない
悲しむのも違う とにかく走らなくては

直前のリリース
現地に行けない人が大半であろう中で

1人でも多くの人の目に
この選手の名前を入れて欲しかった

願わくば 選手としての 記憶が記録が
見知らぬ誰かにすら 届いて欲しかった

直前とはいえ
事前に発表されたことは ありがたい

知らせを受けて
何回も書き直していたSNSの下書きに

いま思う気持ちを乗せて
ようやく自分の思いを発信出来た

そして未来の自分ほど
当てにならない人間はいないので

当日に 確実に発信できる様に
また 下書きを書き溜める

気持ちが 心が 冷静でいられる様に

選手とサポーター

その距離感を 見誤らないでいられる様に

大切にしているものを 尊重できる様に

少しでも 重荷にならない様に

笑顔でしっかり まっすぐに瞳を見れる様に

仲間の助けも遠慮なく借りた
快く引き受け
忙しい中時間を作ってくれる人たちに
もはや申し訳ないという気持ちより
優しさがありがたいという気持ちが優った

このまだ未熟なクラブは サポーターといえども
こんなにも愛がある大人たちに囲まれている
だから きっと大丈夫

・・・‥‥…………………‥‥・・・

何とか準備が整って
その日を迎えた

会場に近づくにつれて
鼓動が高鳴り 緊張しているのが分かった
今さら何を恐れるのかと
自分を鼓舞しながら
ゆっくり歩みを進める

結局 私の背中を押すのはこの番号だった

早く着いた筈なのに
会場に着いた時はkick offの笛が鳴っていた

ギリギリに来た事で
チーム関係者とましてやご本人と
挨拶をしなくて済んで
良かったのかもしれない

私は笑えているんだろうか
そんなことばかり考えて
出来る限り 普段通りの挨拶を交わした

ピッチ上に目当ての背中はなかった
引退する選手がトレーニングマッチには
出ないかもしれない とは思っていたから
むしろ 最後なんだなと再認識させられた

この猛暑の中 人工芝のピッチで
それでも選手たちが躍動する様を眺めるのは
トレーニングマッチという性質もあったけれど

やっぱり楽しかった

緊張はいつの間にか無くなって
ピッチ上の展開を追っていた

2本目が始まる前に
ベンチにユニフォームを纏った
NO.4が現れた
最後だな そう思ったと同時に

本当に素直に嬉しかった

何となく
他の観客から少し距離を取って
最前列で観ることにした

せっかく この炎天下に
駆けつけている人たちに
気を遣わせちゃいけないし
何となく ひとりで咀嚼することが
必要な気がした

ジリジリと照りつける太陽から
大判のタオルで身を守る

その時が 今 始まった
自然に片方の目から涙が溢れた

見られたくないから
ホーム寄りのもう片方からは溢れないと良いな
なんて出来る訳もなくあっけなく頬を伝った

タオルを頭から被って
目を拭って視界を取り戻した

いつも通りにプレーする姿が
そして他の選手たちのギアの入り方が
胸を揺さぶった

もうたぶん涙は出ない
見逃している時間なんてないから

⿻*.·┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

本当に丁寧にサッカーをする

どのスポーツも高度な技は 高度な美をともなう

じぶんの未来に限界をおいてはいけない
しかし現在の限界を無視してもならない

こんな台詞がふと思い出される

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⿻*.·

自分の好きなサッカー選手は
やっぱりこういう人なんだなと
思いながらずっと眺めていた

試合が終わった

外されたレガース
一番にその背中を追ってきてくれた
キャプテンとのタッチ

静かに自然に迎えたその時
ゆっくり目を閉じて 深呼吸して

思った以上に 穏やかな気持ちで
帰還する選手たちを迎えた


たぶん きっと 笑顔で


そう 最後こそ しっかりと後押しを

・・・‥‥…………………‥‥・・・




ひとりの時間をくれて
寄り添って
時に小さな手で頭を撫でて
抱きしめてくれた 家族に感謝

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