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第十六回 「所有権の取得時効」(民法162条)というカード

土地家屋調査士のH氏による役所との調整の結果を待つ間、僕なりに方法がないか考えてみた。

K氏所有地と接する計画地の南西側道路は、公図で示された位置と実際の位置(現況)がずれており、公図上の道路の一部(下の仮測量図の青い三角形っぽい範囲)を父が「占有」してしまっているのだ。そして、現況の道路(黄色の平行線部分)は公図上ではK氏の敷地内を通っている。

「占有」という言葉を見ていて、ふと思った。占有には二つ意味がある。ひとつは文字通り、自分のみが保有している状態。もうひとつは、自分が保有しているかどうかとは別に、「自己のためにする意思をもって物を所持している状態」(民法180条)だ。社会の秩序維持のために,物を現に支配している状態を一応正当なものとして認めていくという、既成事実を重視する法律上の考え方による。借地権もそうだが、不動産では現状を法的に守る傾向がある。

青い三角形の土地も、実質的に父が何十年間も占有し続けている。そうした権利は法的に守られるのではないか?そこで、調べてみると民法162条に「所有権の取得時効」という規定があることがわかった。

民法162条第一項:二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。

まさにこの条件を満たす。ということは、占有した土地を必ず返還する義務があるとも言えないかもしれない。これまで、必ず返さなければならないと思っていたが、交渉の余地がある可能性がある。この差は大きい。

早速、栗原さんとH氏に確認してみた。栗原さんから以下の返事をもらった。

H氏のご意見としては、法的に争うことは可能ですが、以下2点によりお勧めはできません、との回答でした。

(1)時効所得を主張するために裁判が必要となり、時間とお金がかかること。当該部分が道路のため、自治体と争うことになります。

(2)青線部分がお父様の所有物となった場合、道路がなくなってしまうため、(上の図の)緑線で囲まれた、母屋が建っている部分の敷地は接道が取れなくなってしまうこと。(将来建物を建設することのできない敷地になってしまいます。)

以上から、民有地ではなく道路部の占有を争うのはあまり得策ではなさそうでした。

(2)については、説明が必要だろう。問題の現況道路は「二項道路」だ。昭和25年に施行された建築基準法では、建物の敷地は4メートル以上の道路に2メートルは接面していなければならない。しかし、その時点で4メートル未満の道路しか接面していない敷地に建物が多数建っていた(当然だろう)。そこで、救済措置として役所が認めれば4メートル未満でも建物が建つ道路として見なすことにした(建築基準法42条第二項)。そういう特例扱いの道路を、「二項道路」という。(但し条件があり、道路中心線から2メートルセットバックした線を道路境界線と見なす。現況道路は幅約1.8メートルなので、中心線から2メートルということは現況道路境界から1.1メートル(=2-1.8/2)は家を建てられない。)

もし仮に、図の青色部分が父の保有と認められたとすると、公図上では道路がなくなってしまうことになる。そうなると母屋の敷地(緑四角部分)が接している道は、二項道路とは認められそうもない。そうであれば、将来母屋の敷地に、新たな建物(建替え含め)は建てられなくなる。

H氏の意見は、確かにその通りだと思った。役所と争っても、何もいいことはない。でも、少なくとも道路を保有する役所およびK氏と敷地境界の交渉をするにあたって、一方的に父の側に非があるわけではないことは証明できるだろう。それだけで、随分と精神的に楽になれる。争う必要はないが、交渉のカードとして使えれば使ってほしいと、H氏に伝えた。

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