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第十二回 建築家へのいろいろな要望

2018年5月11日の打ち合わせ後は、原則3週間ごとに実家で打ち合わせを持つことに決めた。そのためだけに東京から実家に日帰りする僕としては、早めに予定を確定しておきたかった。

定期的に建築事務所との打ち合わせがあると、何気ない思い付きであっても、その場ですぐに建築家に投げかけることができる。父と僕から思い付きを投げかけられる栗原さんは大変だと思うが、真摯に対応してくれる。

父がこだわったのは西日対策だ。僕は大きな窓で太陽光をたくさん取り入れたいと主張するのだが、父は西日ができるだけ入らないことにこだわる。この辺りの家では、なぜか西日対策が重視されるらしい。

僕が最初に要望したのは、太陽光や風といった自然をうまく取り入れて、出来るだけ人工的なエアコンやストーブを使わないでも暮らせるようにして欲しいということ。僕が住む東京のマンションでは、クーラーはできるだけ使わず、風を通すことでやり過ごそうとしている。

床暖房にしたらどうかとも提案した。空気も汚さず部屋全体を暖める床暖房を、僕は自宅でも別荘でもオフィスでも愛用している。東京のマンションでは既にほぼ標準装備だが、地元の住宅ではそれほどでもないらしい。でも、いずれそうなると思ったので、であれば最初から設置したほうがいいのではと考えたのだ。栗原さんは数件の相見積もりを取ってくれたが、思った以上に高額で断念した。

それから、借りて住んでもらう4軒の住人が、出来るだけコミュニケーションを取れるような空間にするように要望した。都会のマンションならいざ知らず、田舎の家なのだから、醤油の貸し借り自然にできるような関係ができるといい。古井戸の活用を、そういった意味でもクリエイティブに考えて欲しいとお願いした。

また、敷地内には電柱などを一切立てないようにもお願いした。日本の景観を台無しにしているものの筆頭は電柱だ。せめて自分が管理できる範囲内には立てたくない。だから、当初から電線は地下を通すことにしてもらった。同様に、電話とインターネットとTVは、全て地元ケーブルTV局から引くことにした。屋根の上に並ぶ、不揃いのアンテナを見たくはない。ケーブル局からの線を、電線と同じ地下パイプに通せばいいだけのことだ。借り手には、最初からその条件で借りてもらおうと思う。

将来切り売りする可能性もあるので、4軒が比較的独立した区画になるようにしたい。それゆえ、賃借人には建物だけを借りるのではなく、それが建つ敷地も借りるという意識を持って欲しい。だからといって、それぞれが孤立するのではなく、緩やかにはつながっている、そういうデザインを栗原さんにはお願いした。

ただ、通常の戸建住宅の賃貸契約は、あくまで建物の賃貸借が対象だろう。それを、あえて敷地も対象とすれば、ある程度借り手が自由に地面を活用できることになる。雑草に覆われた荒地にしようが、畑にして野菜を作ろうが、穴を掘って池を作ろうが、借り手の自由だ。それでは統一感がなくなってしまう。かといって、庭部分を賃貸借契約の範囲から除外すれば、その管理はオーナーがすべきであり、統一感は保てても大変な手間となる。今後、栗原さんのアドバイズを求めつつ、検討しなければならない。

細かいことだが、物干しの位置にもこだわりたい。最近は乾燥機を使うことも多いようだが、やはり太陽光にあてて乾かしてほしい。その場合、どこに干すのか。各戸がばらばらだと、せっかくの空間設計が損なわれてしまう。だから、最適な位置に物干し台を据え付けたらどうだろうかと提案してみた。

こうした、次々に投げかけられる要望を、いったん受けとめ対応を検討する建築家は、本当に大変な仕事だと思う。予算制約のもとで、きっと矛盾する要望もあるだろう。施主と相談しながら、優先順位づけや調整もしなければならない。また、これまで何度も書いてきたように、役所など公的機関との交渉や調整も必須だ。設計の仕事はほんの一部で、建築全体のプロジェクトマネジャーでもある。

だから、「設計士」というよりも「建築家」がふさわしい呼称なんだろう。また、国家資格では「建築士」だが、僕は資格という権威を使って仕事をする建築「士」よりも、関係者のこだわりを形にする建築「家」の方がふさわしいと思う。弁護士や会計士よりも、陶芸家の方が近いかな。だから、建築家という言葉を使っている。



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