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第39回 「地域社会圏」という考え方

3月6日、建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を、山本理顕さんが受賞した。これは画期的なことだと思う。山本さんはマスコミ受けする超有名建築家ではない。受賞理由のひとつには、「社会的要求の責任とは何かについて地域社会に意識を喚起したこと、建築の規律に疑問を投げかけて個々の建築の対応を調整したこと、そして何よりも、建築においても民主主義同様に、空間は人々の決意によって創造されなければならないことを再認識させたこと」とある。

彼が評価されたのは、設計した建築物というよりも「地域社会圏主義」という彼の主張にあるのだと思う。それが日本国内に留まらずグローバルに評価されたということに、時代の変化を感じる。

山本理顕さん

地域社会圏主義とは、「一住宅=一家族」という前提へのアンチテーゼ。家族がひとつの家に暮らすのは当たり前だと思っているかもしれないが、それは近代産業革命以降のことで、工場労働者用住宅として構想されたものだ。管理しやすく、労働に専念でき生産性を最大化できる住まい方なのである。以下で、「一住宅=一家族」Aと「地域社会圏」Bを対照してみる。(出所:『地域社会圏主義』山本理顕著 LIXIL出版)

A:住むのは標準家族と前提する
B:必ずしも家族を前提としない

A:プライバシーとセキュリティをその中心原理とする
B:そこに住む人たち全体の相互関係を中心原理とする

A:周辺環境、周辺地域社会に対する無関心によって成り立っている
B:周辺環境とともに計画されている

A:究極の消費単位であり、消費効率が悪い
B:単なる消費単位ではない。その地域内で小さな経済圏が成り立つように計画されている

A:エネルギーはすべて外側から供給されている
B:ここでエネルギーを生産し、それを効率よく利用する

A:家族の自助努力を前提として介護保険、健康保険、年金制度のような社会保障制度は組立てられているが、Aの崩壊とともに莫大な社会保障費がかかるようになった
B:それを補うような全体の相互扶助を考える

A:分譲(所有)でデベロッパーが利潤をあげるという経済政策
B:賃貸を原則とする

A:分譲マンションは、共有部を減らして専有面積をできるだけ大きくとる
B:共有面積を60-70%取ることで、専有と共有という意識を変える

A:外部に対しては極めて閉鎖的
B:外に向かって開かれた場所が用意されている

A:住宅は消費財
B:住宅は社会資本

「一住宅=一家族」の典型である分譲マンションに僕は住んでいる。もちろん住人による管理組合はあるが、自治とはとてもいえない。こんなことがあった。

一階住居のバルコニーのすぐ先に、ちょっとした空き地面がある。そこは共有部。以前はそこの住民がそこに生えた雑草の草刈りをしていた。室内から見えるので、その方が気持ちよかったのだろう。しかし住人が入れ替わったら、その場所の草刈をしてほしいと管理組合に依頼があった。共有部なのでそれは間違っていない。管理組合は管理会社経由で業者に作業を発注した。でも、これってなんだか変。たくさんの住人が住んでいるマンション。一人くらいボランティアで雑草の草刈りをしてくれる人はいると思う(勿論少額の謝礼を払ってもいい)。でも、その回路がないのだ。だから高いお金を払って外部業者に発注する。こうして経済は回っていく・・・。専有部と共有部が明確に線引きされており、共有部には住民は原則関わらず外部委託する。費用は住人が拠出する管理費から充当される。これが「一住宅=一家族」の正しい運営だ。

もしパブリックとプライベートが滑らかに接続し両者の境界が曖昧になっていたら、またもし建築物が周囲の環境と相互浸透を起こし有機的な関係を築き、そこにしかない「場所性」が創り出されていたら、住民はその場所に愛着を感じ、自発的に草刈りをする人が現れるのではないだろうか。地域社会圏とは、そうした関係性を目指す。そして、建築設計によりある程度そうした住民同士や住民と環境の関係、そして住民の意識を誘導できると考える。だから建築家である山本さんが地域社会圏を提唱している。でもそれは建築家の範疇を超えた主張かもしれない。本来、政策立案者や研究者が提唱してしかるべきだが、残念ながらこうした分野横断しマクロ視点で考えられる人はいない。

誰かが管理しやすく収益をあげやすい住まい方ではなく、住む人それぞれが選択権を持ちありのままで快適に安心して住める住まい方を山本さんは目指し、それを世界の建築界も後押ししている。世界に先駆け高齢化が進む日本では、凝り固まった住まい方に多くの社会課題の原因が潜んでおり、その解決の糸口が地域社会圏にはある。

今回の受賞は素晴らしいニュースだ。僕がやろうとしている方向性は間違っていないと勇気づけられた。


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